第17話 「VS太郎」










目の前にいる人物の存在が信じられず、うろたえる悠司。
しかしユーリィとアネットは、何故悠司がそんなに取り乱しているのか分からずに首を傾げた。
とりあえず、やはり悠司はこの男と知り合いだったということは分かったので、どういう人物なのか聞くことにした。

「ユージさん、この方はどういう方なのですか?」

そうアネットが尋ねると、悠司はハッと我に返り、答える。

「あ、ああ。この人は田中太郎さんといって、その……なんというか、故郷の知人なんだよ」
「故郷の知人?」

悠司がガルサースの生まれではないということを知らないアネットは、「故郷」という言葉に疑問を持つ。
そのことを知っているユーリィは、前に悠司から聞いた話を思い出し尋ねた。

「故郷というと、前に言ってた『二ホン』ってとこ?」
「うん、そう」
「『二ホン』ですか? 初めて聞きますね」

初めて聞く単語にアネットは首を傾げた。
そんな彼女にユーリィは、悠司がここに来た経緯(あくまで彼女の予想だが)を話す。
その話を聞いたアネットは納得気に頷く。

「ユージさんはこちらのご出身ではなく、飛ばされてきた方だったのですね」
「それはいいとしても。ユージ、何であなたの知人がこんなことをしてるの?」

そうユーリィに聞かれるが、悠司としてもそんなことは分からない。
とりあえず悠司は一つ一つ太郎に聞いてみることにした。

「えっと……太郎さん?」
「うん? 何で疑問系なんだい?」
「いえ、記憶にある太郎さんとどうにも一致しなくて。あなたは正真正銘、田中太郎さんでいいんですよね?」
「ああ、君と同じアパートに住んでいた田中太郎だよ」

その言葉に、本物のようだ、と頷く悠司。
こちらには「アパート」は存在しないため、その言葉を知っている彼はやはりあの太郎なのだろう。
だが彼が本物の太郎だと理解しても、悠司にはいくつか疑問がある。

「色々聞きたいんですけど……何でここにいるんです?」
「君たちの邪魔をするため」
「いや、そうじゃなくて――それもそうなんですけど――もっと根本的に、何故“こちら”いるか知りたいんですけど」

悠司の言葉に合点がいったという風に、わざとらしくポンッと手を合わせ、答える太郎。

「君がここにいるんだから、私がいても不思議じゃないだろう?」

それは確かに尤もではある。
悠司がここにいる以上、こちらへ来る何かしらの方法が存在するのだろう。
しかし悠司が聞きたいのは、「どうやって」そして「何故」という、方法と理由だ。
だが先ほどの誤魔化すような受け答えを聞く限り、正直に答えてくれるとは思えない。
だからといって聞かないわけには行かないので、駄目元で質問をしてみた。

「どうやって来たんですか?」
「秘密だ」
「何故来たんですか?」
「秘密だ」
「もしかして元々こちらの人間だったとか?」
「それは違う」
「おれがここにいたのは知っていたんですか?」
「ちょっと前にたまたま見付けただけだね、偶然と言っていいと思うよ」

結局分かったのは、彼はこちらの人間というわけではないことと、ここで会ったのは偶然だということ。
次に何故リリーを攫い、今邪魔をしているのか聞いてみた。

「ラグ君の手伝いをするって約束したからね」
「ああ、約束は大事ですね」
「そう約束は大事だ」

二人してうんうんと頷く。
後ろから「意気投合してる場合か!」とユーリィに怒鳴られたので、質問を再会する悠司。

「これはある意味一番気になっていることなんですけど……」
「なんだい?」
「その、やっぱり……田中太郎って偽名なんですか?」
「本名だ」

本名らしい。
悠司はベタすぎてむしろ珍しい名前は偽名だと思っていたが、こうまではっきりと言うからにはそうなのだろう。
そんな下らないやり取りに我慢できなかったのか、ユーリィが悠司を押しのけ、太郎にビシッと指を突きつけた。

「とにかく! さっさとリリーを返してもらうわよ!」

そう言うユーリィに笑いかけ、太郎は両手を広げ宣告した。

「リリー君を助けたければ、私を倒してから行きたまえ」
「あ、それ格好いいですね」
「だろう? 一度言ってみたかったんだ」

横から余計なことを言う悠司をはり倒し、ユーリィは攻撃体勢をとった。
前回は手も足も出なかったが、今回は味方がいる。
ユーリィはアネットに目配せをし、彼女が頷いたのを確認すると、太郎に向かい術を放った。

太郎はユーリィが放ったものを迎撃しようと、光球を放つ。
それらは空中でぶつかり合い、互いを相殺する。
その衝撃で煙が立ちこめ、互いの姿を視認することができない。
アネットはその隙に太郎の横へ回り込む。
彼が目の前を向き、自分に気づいていないのを確認すると、彼女は太郎に思いっきり蹴りを放つ―――

「えっ!?」

―――が、一瞬のうちに太郎の姿はそこから消え失せていた。
アネットの蹴りが空を切り、彼女は体勢を崩す。
たたらを踏み、体勢をなんとか整えると、太郎の姿を探そうとする。

「アネットさん! 危ない!」

その声に反応し振り向くと、そこには自分に向け光球を放とうとしている太郎。
太郎がそれを放つ。
アネットは避けようとするが、間に合うタイミングではない。
着弾、爆発。

「アネットさん!」

ユーリィが叫ぶ。
着弾の衝撃で辺りは煙が立ちこめ、アネットの姿は見えない。
少し離れた所では、衝撃で床が揺れたため、ラグが座り込んでいた。

「こ、これ、タロー! もう少し気をつけんか!」
「大丈夫だラグ君。仮にもここは遺跡、この程度では壊れないさ」
「そんなことは分かっておる! 私とコレが危ないというのだ!」
「おや? これは失礼」

自分とリリーを指さしながら言うラグに、太郎は肩をすくめ、あまり反省してない風に謝った。
それを脇に、アネットの確認をしようとユーリィは風を操り煙を散らす。
するとそこには座り込んでいるアネットと、それを守るように立ちふさがる悠司の姿があった。
それを見て安堵するユーリィ。

「太郎さん、本当に退く気はないんですね?」

悠司は厳しい目線で太郎を睨み付ける。
太郎はそれを受けても涼しい顔をして、微笑みながら頷く。

「ああ、退く気はないよ」

その言葉に何か決心したように頷く悠司。
ついで、言い放つ。

「では、あなたを倒します」

悠司の言葉に楽しそうに笑う太郎。

「よろしい、来たまえ悠司君。私はボスキャラだ、倒さないとこのイベントは終わらないよ」

そう言い両手を広げ、構えをとる。
悠司は太郎へ向かって駆けだした。

















「太郎さん強すぎ」

悠司がため息混じりに呟く。
先ほどから何度も攻撃を仕掛けているにもかかわらず、彼らは太郎に一撃も加えていない。
悠司達の服はボロボロに汚れており、既に疲労困憊といった出で立ちであるのに、太郎は怪我一つ負っておらず、疲れた様子もなくその場に立っている。
さすがボスキャラを自称するだけあり、基本スペックがまるで違う。

「どうしたね、悠司君。ギブアップかい?」

薄ら笑いを浮かべながら言う太郎。
まともにやってもどうにもならないな、と考えた悠司は、ユーリィとアネットに小声で話しかける。

(おれが何とか太郎さんを押さえるから、二人はリリーを取り返してくれ)
(リリーを?)
(ああ、見たところラグは戦闘に向いてなさそうだから、手間取らないだろ?)

ユーリィはリリーの隣でニヤニヤとこの状況を眺めているラグをチラリと見て頷く。

(で、取り返したら逃げよう。まともに闘ってられん)
(あのお方反則的に強いですしね、賛成です)

疲れたように言う悠司。
このまま闘っても分が悪いと判断したのか、アネットも賛成する。

(分かったわ、でも大丈夫なの?)
(大丈夫……だと思う……多分)
(不安ね……まぁ任せたわよ、頑張って)

3人は頷き合い、太郎を見据える。

「うん? 相談は終わったのかね? では、改めて来たまえ」

その言葉が終わると同時に悠司は彼に向かって駆け出す。
同時にユーリィとアネットも、リリーへ向かい駆けだした。
太郎は悠司に向かい光球を放つ。
腕を顔の前に組み、それを受け止めつつ真っ直ぐ太郎へ向かう。

「おおっ!?」

太郎が若干驚いたような声を出す。
さらに数を増す光球に吹き飛ばされそうになるが、必死に踏ん張り太郎に組み付いた。
その隙に2人はリリーの目の前まで来る。

「風よ!」
「ぬおっ!?」

ユーリィがリリーに当たらないよう気をつけながら、風を操りラグを吹き飛ばす。
とっさのことに動転していたラグは、特に何も抵抗できずに飛ばされた。
アネットがリリーを抱え、気を失っているだけなのを確認すると、安堵の息を吐く。
二人はリリーを抱えながら、扉の方へ走った。

「ユージ!」

ユーリィが悠司へ声をかける。

「わかった」

悠司がそれに答え、組み敷いていた太郎を放し扉へ向かう。
しかし彼の頭に疑問が掠め、太郎の姿を窺う。
しかし太郎はそこに座り込んだまま、動こうとしない。

(何で邪魔しなかったんだ?)

今まで闘った中で分かった太郎の実力ならば、悠司に組み敷かれていても、リリーを奪還しようとする2人の邪魔はできたはずだ。
そして今こうして逃げようとしているのを妨害することも容易いことだろう。
しかし彼は何もしようとしない。
このまま見逃すつもりだろうか。
悠司がそんなことを考えている間に、ユーリィが扉へたどり着き出ようとする。

「何これ!?」

しかし脱出する事はできなかった。
ユーリィは扉の30cmほど手前で止まり、空中に手をおいていた。
悠司も近づき、手を触れる。

「透明な壁みたいのがあるのか?」

そこには見えない壁のようなものがあり、先へ進むことができない。
左右へ動いて確かめてみるが、どうやら部屋全体に張り巡らされているらしい。
悠司が叩いてみたものの、壊れる気配もない。
どうしようか悩んでいると、背後から声がかけられた。

「悠司君、私はボスキャラだと言っただろう?」

その言葉に悠司は一つの『お約束』を思い出す。
そして何故彼が自分たちを慌てて邪魔することをしないのか分かった。
どうせ自分たちは太郎を倒さなければここから出ることはできないのだ。

「君も現代日本に生きる若者なら知っているはずだ。そう―――」

なぜなら―――















―――ボスキャラから『逃げる』ことはできない―――






















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