第18話 「決着」
部屋全体に張り巡らされた結界のせいで、脱出することは不可能。
世の中には結界を破る術というものも存在するが、生憎とユーリィやアネットは使えない。
悠司は言わずもがなだ。
たとえ使えたとしても、太郎ほどの術者のものを破壊するのはまず無理だろう。
ならば太郎を倒し、結界を無効かするしかないのだが……。
(勝てる気がしないなぁ……)
悠司は太郎を見据えながら考える。
これまでの戦闘から考えて、勝てる手段が思いつかない。
先ほどは太郎に触れ、体を倒すことができたが、今度は警戒して近寄らせてもくれないだろう。
さらに今はリリーを抱えている。
せめて一人は彼女を守らなければならないので、先ほどより戦力は少なくなる。
太郎の体つきから見て、それほど打たれ強いとは思えないので、一発いいのがあたえられれば何とかなると思うのだが。
「ユーリィ」
「何?」
「太郎さんに一撃くらわせる作戦か何かある?」
「思いつかないわね」
「アネットさんは?」
「右に同じ、ですね」
全員何も思いつかないらしい。
さてどうしたものか、と悩んでいると、アネットに抱えられたリリーが身じろぎをした。
三人は起きたのかと、彼女の顔をのぞき込む。
「リリー、起きたのか?」
悠司が目を合わせて問いかける。
しかしリリーはうっすらと目を開け、ぼんやりとしたまま声を発さない。
どこか調子でも悪いのか心配になった悠司は、リリーに声をかけようとするが、その前に太郎がこちらへ声を投げかけてきた。
「悠司君、どうするんだい? 闘うのかい? それとも降参するかい?」
「いえいえ、降参はしませんとも」
正直言えば降参したいところだが、そうすればリリーがラグの手に渡ってしまう。
何とか太郎を無力化させたいものだが、肝心の手だてが思いつかない。
悠司は必死にアイデアを絞り出そうとするが、太郎はその時間をあたえるつもりはないらしい。
「来ないならこちらから行くよ」
太郎が三人に向かい光球を打ち出す。
ユーリィが術で応戦するが、いくつかは打ちもらし悠司に直撃する。
背後にリリーを抱えたアネットがいるので、悠司は動けない。
それ程ダメージはないが、いつまでも受け続けていたらまずい。
しかしこれといって太郎を倒す作戦が練れていない状態で迂闊に動き出すわけにもいかず、悠司は彼の攻撃を受け続けるしかなかった。
「ふむ、埒が明かないな」
そう言い太郎が両手を頭上に掲げると、直径約2mほどの光球ができあがる。
今までとは比べものにならない大きさのそれは、まともにくらえば良くて大怪我というほどの威力を持っているだろう。
三人の顔に焦りの色がうかぶ。
その光球の出現に、リリーがピクリと反応した。
「マスターへの殺傷行動と判断、遺跡へのインターフェースを作動させます」
「え? ちょっ、リリーちゃん!?」
悠司は背後にアネットが驚きの声でリリーの名前を呼ぶのが聞こえた。
何事かと悠司が振り向くと、リリーが立ち上がり、フラフラとこちらへ近づいてくるのが見える。
悠司は驚き、彼女の両肩に手を添え押しとどめた。
「リリー、下がって……」
「危険度Aと認定、強制転移します」
「え?」
リリーが何か呟いたと思うと、彼女の瞳が一度光る。
次の瞬間、今まさに光球を放たんとしていた太郎が驚愕の声をあげた。
「何だ? 吸い込まれる……」
太郎の背後、小型の転移装置がいつの間にか起動している。
そこでは円上に並べられた柱の先端から光りが放たれ、台の中心あたりに集まっていた。
光りが全て交差している部分には、黒い球状の磁場のようなものが発生し、そこに太郎の頭上にある光球が少しずつ吸い込まれている。
それを見ているユーリィが呆然と呟く。
「何これ……」
「もしかして……リリーがやっているのか……?」
先ほどリリーが何か呟いていたのを思い出し、悠司はまさかと思いながら彼女を見る。
リリーは相変わらずぼんやりとした視線で、転移装置の方を見ていた。
どうやら装置は太郎自身も吸い込もうとしているらしく、彼の体は少しずつ装置の方へ引き寄せられている。
それを見た悠司は、原因は分からないがとりあえずチャンスだと考え、太郎へ駆けていく。
「ユージ!?」
「ユージさん!?」
ユーリィとアネットが声をかけるが、悠司は止まらない。
幸いにして太郎のみに力は働いているらしく、悠司の体に影響はない。
おそらくここで行動しなければ太郎を倒すことなどできないだろう、と悠司は考え、一直線に彼へ向かう。
(さっきリリーは『強制転移』って言ってたな)
どうやったかは知らないが、リリーが転移装置を発動させたのだろう。
ならばあの磁場に太郎を放り込んでしまえば、どこかへ転移させてしまうはずだ。
太郎は引力に抵抗しているためか、こちらへ注意を放っている様子はない。
ならばその無防備な体に一撃くらわせてやればいい。
悠司は太郎の目の前まで行くと、思いっきり拳を振りかぶった。
「悠司く……」
ようやくこちらへ気づき、何かしようと片手を向けようとするが、もう遅い。
悠司は力強く踏み込み、太郎の腹へ拳をたたき込んだ。
「何だ?」
しかし確かにたたき込んだはずなのに、悠司の拳に手応えはない。
太郎は僅かに驚き集中力を乱したためか、さらに1mほど装置に近づいた。
だが悠司の攻撃が効いた様子はなく、こちらへ手を向けている。
「惜しかったね悠司君。私の体は常に障壁で覆われている、この程度では揺らがないよ?」
そう言い太郎は悠司に向かい数発の光球を打ち出す。
が、それらは悠司の背後から放たれた風の矢に相殺された。
悠司が後ろに目を向けると、こちらへ両手を向けているユーリィの姿。
そして悠司の視界の端に影が映ったと思うと、太郎の横にアネットが現れ、しゃがみ込み彼の足を払う。
「おおっ!?」
「体勢を崩すだけなら問題ないようですね!」
足を払われ僅かばかり中に浮いた太郎は、一気に引き寄せられる。
終わったか、と三人は喜ぶが太郎もなかなかしぶとい。
装置に柱の一つにしがみつき、ギリギリの所で踏ん張る。
「そう簡単に……っ!?」
太郎の声は途中で止められた。
なぜならいつの間にか悠司が太郎の眼前に迫っていたからである。
そのまま太郎にタックルをかまし、もろとも磁場の中へ突っ込んでいく。
「悠司君!? 君は……」
「さて、どこに飛ぶんですかね?」
あっけらかんと言う悠司に太郎は思わず苦笑いを浮かべる。
「イベントクリア……だね」
その太郎の言葉を最後に、二人は磁場に吸い込まれる。
役目を果たした装置はすぐさま停止し始め、数秒後には完全にその動きを止めた。
ユーリィとアネットそのあっさりした悠司との別れに、呆然と立ちすくむ。
「ユージ?」
ユーリィは信じられないように悠司の名前を呼ぶ。
もちろんそれに対する返答はない。
しばらくしてハッと我に返ったユーリィは、ぼんやりと立っているリリーの肩を掴む。
「リリー! 悠司はどこに行ったの!?」
「ユーリィさん!? 落ち着いてください!」
リリーを激しく揺さぶるユーリィを押さえるアネット。
ユーリィの手がリリーの肩から放れると、リリーの体がゆっくりと傾く。
「リリーちゃん!?」
倒れ込むリリーを支えるアネット。
リリーはどうやら気を失っているらしく、目を瞑り微動だにしない。
アネットが調べた限り特に体におかしな点はないようだが、これでは悠司のことを聞き出すこともできない。
ユーリィはリリーの頬をなでつけると装置に顔を向け、唇を噛みしめる。
「ユージ……さっさと帰ってきなさいよ……」
部屋の中では白衣を着た数人が色々な機器に向かい作業をしていた。
部屋の真ん中には成人したばかりであろう年齢の男性がベッドに寝ている。
『彼』の体には複数のコードをつなげられ、その端は部屋に存在する機器へとつながっていた。
何台もあるパソコンのモニターには、『彼』から送られてくる様々なデータが映し出され、めぐるましく変わり続けている。
作業をしている内の一人である初老の男性が何かに気付き、後ろを振り返り声をかけた。
「田中さん」
その声に反応して、寝ている『彼』以外に部屋の中で唯一白衣を着ていない、スーツ姿の男が近寄ってくる。
「どうしましたか?」
「どうやら『彼』、帰ってくるようですよ」
田中と呼ばれた男が、初老の男性の言葉に驚きの声をあげる。
「もうですか?」
「ええ、一つクリアしたようです」
初老の男性がデータの一つを指し示す。
田中はそれに困った顔をする。
「まいりましたね、予想より早い」
「そうですね、最低でもこの倍の期間はかかると思ったんですが」
「やはり最初の時点のパラメータを高くしすぎましたか」
顎に手を添え考え込む田中。
「また強制的に眠らせますか?」
「そうですね……いえ、よしましょう。この前のように突発的に目覚めるならともかく、正規の手段で帰ってくるならばしょうがないでしょう。それに何度も強制的に眠らすのは、あまり体に良くないですから」
その答えにあまり納得していないのか、初老の男は曖昧に頷く。
田中はそれに苦笑いをする。
「まぁ『彼』が起きたら、もう一度入ってもらうよう頼んでみましょう。とりあえず今は『彼』を病室の方へ運んでおいてください」
「わかりました」
初老の男は指示を受けると、どこかへ連絡する。
するとすぐさま3人の男が室内に入ってきて、寝ている『彼』をベッドごと部屋の外へ運び出す。
田中はそれを見送った後ポツリと呟いた。
「君はどんな選択をするのかな……?」
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