第10話 「調査結果」
レオンから連絡を受けた悠司は、斡旋所の一室にいた。
警備隊が調査した結果を報告したいので、あの時いた人は集まって欲しいとのことだ。
その部屋で椅子に座っている悠司の隣にはユーリィがいる。
悠司が負傷してから彼女は毎日彼の家へ来ている。
彼女曰く「あなたの世話をリリーだけに任せるのは大変だと思ったからよ? べ、別にあなたが心配だからってわけじゃないんだからね!?」とのこと。
それを聞いた悠司は、まさかユーリィにツンデレ属性があるとは思っても見なかったためいたく感動した。
今日も朝から悠司の家へ来ていたユーリィは、連絡を受け向かおうとする彼の付き添いとしてここへ来ている。
部外者がいてもいいのかと悠司は思ったが、とくに機密というわけでもないため構わないらしい。
「ビホルダーはあの後警備隊が発見して処分しておいた」
集まった面々を軽く労った後、レオンは早速本題に入る。
ビホルダーが吹き飛んだ方へ何人か向かわせた警備隊は、木々を折り倒して真っ直ぐ奥へ向かっている跡に戦々恐々としながら進んだところ、30mほど先で瀕死のビホルダーを発見した。
蹴り一つでビホルダーをここまで吹き飛ばし、行動不能に陥らせるシスターに恐怖を覚える。
彼らは「人間業じゃねぇ……」と呟きながらもとどめを刺した。
「で、そのあと荷馬車の事故が起こった辺りを捜索したらしいんだが……」
そこでいくつか不審な点が見つかったらしい、と続けるレオン。
まず初めに発見したのは窪んだ地面のあたり。
あれは自然に陥没したわけではなかったらしい。
どうやら上にそれなりの重さのものが通ったら陥没するような細工がしてあった。
次に近くにゴブリンの巣らしき場所発見された。
別にゴブリンの巣があること自体は不思議ではないが、そこは何者かに荒らされていたらしい。
それに怒ったゴブリンが、近くにいた人に襲いかかったようだ。
最後におそらくビホルダーに関すること。
事故の現場から少し離れたところに何らかの術が行使された跡が見つかった。
術師の警備隊員が調査したところ、詳しいことは分からないが、おそらく召喚系の術を使ったのだろうとのこと。
「そんな……ビホルダーを召喚するなんて……!」
思わず驚いたような声を出すユーリィ。
ビホルダーは常時その体の一つ目から術を無効化する結界を出している、術師の天敵のような魔物である。
その結界は攻撃系はもちろん、回復系や支援系、今回使われたであろう召喚系など、種類を問わず術を無効化する。
それを突破するにはビホルダーを弱らすか、無効化しきれないほどの大出力で無理矢理結界を突破するしかない。
あの時現れたビホルダーに弱った様子はなかったため、おそらく何か強力な力で干渉したのだろう。
「ああ、単独か複数かもしくは何か術具でも利用したのか、どれかはわからないが何にせよやっかいだな」
ユーリィの言葉に頷くレオン。
単独なら余程強力な術師だろう。
複数ならそれなりの数が協力して行ったのだろうし、それぞれの実力も分からない。
術具を使用して召喚を行ったとすると、前々から準備していた可能性がある。
どれにせよそう簡単に正体が割れるとは思えない。
「結局何がしたかったんだ?」
「それがよくわからんらしい」
今まで黙っていた悠司がレオンに尋ねる。
彼はそれに困惑した様子で返す。
わざわざ街道に仕掛けをして荷馬車を横転させたのだから、商人かそれともその荷物が目当てだと初めは思った。
しかしそれならば悠司達が来る前に襲えばよかったのではないか。
事故が起こってすぐに襲いかかれば、その場には商人達しかいなかったので、ゴブリンだけでも十分だっただろう。
さらにあの場所を通るのはその商人達だけではない。
それらを狙っていたのだとしても、やはり悠司達が来てから襲いかかるメリットはないだろう。
では悠司達の誰かを狙ったものなのだろうか。
それなら悠司達が来てから襲いかかってきたことに説明はつくが、これには不確定なことが多い。
仮にあそこで事故を起こし悠司達を町の外へおびき寄せられたとしても、誰が来るかはわからない。
悠司などたまたま斡旋所にいたところをレオンに誘われただけである。
他の面々もそう変わりないだろう。
一番初めにビホルダーに襲われたのはマイクではあるが、彼は偶然近くにいただけで、その後も執拗に狙われたというわけではない。
物取り狙いというわけでもなく、特定個人を狙ったようでもない犯行。
どうにもいまいち犯人が何をしたかったのかはわからない。
「町の外も中も一応警備隊が見回っているがな、個々人でも警戒はしててくれ。ユージなんかは家が町はずれだから狙われやすいかもしれないしな」
それぞれに注意するよう呼びかけた後、悠司に顔を向け念を押すように言うレオン。
集まったものはそれに頷き解散する。
悠司も家へ帰ろうと腰を上げようとすると、レオンに引き留められた。
「ユージこれ報酬だ」
そう言いレオンは悠司に拳大ほどの袋を渡す。
あの後足の治療にすぐ町へ行ってしまった悠司はまだ報酬を受け取っていなかった。
予定よりだいぶ多いようなので悠司はレオンに聞いてみた。
どうやら予定外の魔物退治の報酬が上乗せされているらしい。
まぁ多い分にはいいか、と悠司は納得して受け取る。
そんな悠司に、もう一つある、と何かを取り出すレオン。
「これはボイドさん――白髪の商人な――からだ。迷惑をかけたお詫びらしい」
ボイドとはあの仕事の時現場でレオンが最初に声をかけた責任者らしい商人のことだろう。
悠司はレオンが差し出したものを受け取る。
それは木の箱であった。
長さが50cmほどの直方体。
蓋が付いた白木の箱は、手触りも良いしなかなか高級そうな物のようだ。
「けっこう高そうな物だけどいいのか?」
レオンに尋ねる悠司。
それにレオンは笑いながら返す。
「まぁお前は一人でビホルダーの相手をしてたしな、ボイドさんも感謝してたぜ」
ヒラヒラ手を振りながら言うレオンに悠司はありがたく受け取ることにした。
ちなみに実質ビホルダーを退治したアネットには報酬はないのかと尋ねたところ、既に行っていたらしい。
しかし彼女は聖職者なので受け取れないという。
何度か受け取ってくれと頼んだが、どうにも受け取る様子がないため、教会への寄付ということになった。
それを聞き納得した悠司はドアを開ける。
「じゃあなレオン」
「ああ、気ぃつけろよ」
レオンに別れを告げ、ユーリィと共に部屋を出ていく。
彼女はお礼の木箱の中身が気になるようだが、とりあえず家まで我慢するよう悠司は言う。
少々不満そうな彼女を横目に彼は、家へ着いたら昼食を食べよう、と帰路へついたのだった。
家へ着き昼食も食べ終わり、悠司は中身をみせろとユーリィに急かされ、木箱を開けてみることにした。
それに興味を示したリリーも寄ってくる。
ワクワクとした様子の二人に、多少苦笑い気味に蓋を開ける悠司。
「まぁ綺麗! 服の生地かしらこれ?」
中身を取り上げ手に持つユーリィ。
リリーもそれをじっと見ている。
悠司はそれにどうも見覚えがあった。
(織物だよな、あれ……)
藍色に白い何かの花が散りばめられた布。
幅6・70cmほどのそれが木の軸に巻き付けられている。
悠司は西陣織しか知らないため詳しい種類は分からないが、それは何度か見たことがある織物に酷似していた。
どうしてそんな物があるのか悩む悠司。
「あら? 手紙が入っているわね」
織物を見ていたユーリィが箱のそこに入っている紙を見付ける。
彼女は織物をリリーへ渡し、その紙を取り悠司へ渡す。
悠司は受け取りそれを読む。
簡単な挨拶から始まり、今回のお詫び、そのお礼として他の大陸から流れてきた珍しい物を贈呈したいとのこと。
それによると、これは東の島国に古くから伝わる民芸品らしい。
「東の島国ねぇ……」
悠司としては多少引っかかるところがある。
そんな悠司の様子を見たユーリィは不思議そうな顔をするが、彼はなんでもないと手を振る。
ユーリィがそれに納得したかはわからないが、とりあえず悠司に何か聞く気はないようだ。
何にせよ足が治るまではたいしたこともできないので、悠司は疑問を棚上げする事にした。
「ねぇユージ、これ少し貰ってもいい? これで服をつくってみたいんだけど」
織物を広げリリーと一緒に見ていたユーリィがそう聞いた。
「ん? ああ、構わんよ」
それを軽く了承する悠司。
裁縫ができない彼が持っていたとしても、箪笥の肥やしになるだけだろうと判断する。
それなりに量もあることだし、活用できる人に分け与えた方がいいだろう。
「ありがとう。リリーにもつくってあげるからね?」
悠司に笑顔で礼を言い、その後リリーに顔を向け彼女の分も作るというユーリィ。
リリーはそれに嬉しそうに頷く。
ユーリィに説明して浴衣でもつくってもらうか、と考える悠司。
とりあえず織物は箱へしまう。
その後とくに今日の用事がない彼らは夕食まで適当にダべって暇をつぶした。
夕食が終わり、彼らは夜の散歩に出ることにした。
悠司の家の裏手は林になっており、その中をグルリと遊歩道のように道が続いている。
日中外を出歩けないリリーのため悠司は暇ができれば夜は彼女と散歩をする。
いつも家にこもっていては息が詰まるだろうし、運動不足にもなるだろうとの配慮からだ。
今日は悠司の家で夕飯を食べたユーリィも、足が動かない彼と二人きりでは心配だとのことで一緒に歩いている。
「こうして夜中に散歩するのもいいものね」
先行して前を歩くリリーの後ろで、悠司と並んで歩くユーリィは伸びをしながらこぼした。
その目はリリーを微笑ましそうに見ている。
淡々とした足取りながらもどこか楽しそうにも見えるリリー。
読書をしているのも嫌いでもないが、こうして悠司達と外を歩くのもやはり楽しいのだろう。
少し歩くと目の前が開け池が見えた。
「綺麗ねぇ……」
思わずそう呟くユーリィ。
そう大きくもないが澄んだ色をしたまん丸の池。
水面には空に浮かぶ満月の月影が映っている。
辺りには満月で活性化したマナが粒子となってキラキラと漂う。
水際まで走り寄るリリー。
「落ちないように気をつけろよ」
「はい」
暗い足下に注意するよう呼びかける悠司に、リリーは素直に返事をする。
リリーは池の縁にしゃがみ込み水を掬う。
「平和だねぇ……」
悠司がポツリと呟く。
彼の目線の先では水色のワンピースを着たリリーが水面をのぞき込んでいた。
その周りにはマナの光りがリリーにまとわりつくように浮かんでいる。
光りの中佇む彼女は、その容姿も相まってまるで妖精のようだ。
そんな光景を見ながら、悠司はとりあえず悩み事は全て忘れ、この状況を楽しむことにした。
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