第9話 「シスターアネット」










自分の家へ着いた悠司は今が夕飯時ということもあり、お礼にアネットを食事へ誘った。
初めは遠慮したアネットだが、悠司が折れそうもないためありがたくその申し出を受ける。
悠司はドアを開けアネットを中へと招く。
ドアが開いた音に反応したのか、パタパタと音がしてリリーが現れた。

「おかえりなさ……」

悠司を出迎えようとしたリリーだが、急にその言葉が止まる。
それを訝しく思った悠司がアネットの肩から手を外し、足を引きずりながらリリーへ近づく。
どうしたのかと悠司が声をかけようとすると、リリーはアネットの目線から隠れるように悠司の体にしがみつく。
そして悠司の体からススッと顔だけを覗かせ、アネットと目が合うと引っ込ませる。
何度かそれを繰り返すリリーを見て、悠司は納得したように言う。

「ああ、初めて見る人だから戸惑っているんだな。アネットさん、この子はリリー、おれの妹。リリー、こちらはアネットさん、教会のシスターだよ」

それぞれ初対面なため仲立ちをする悠司。
アネットはにこりと笑いリリーに向かって自己紹介をする。

「初めまして、アネットよ。今日からここの教会でお世話になるの、よろしくね」

リリーは悠司の体から顔を出してアネットの様子を観察するように見る。
しばらくそうしていると、悠司に自己紹介するよう促された。
それを受けリリーはか細い声で自己紹介をする。

「……リリー……です……」

そう言うとまた悠司に体に顔を隠す。
悠司は言葉少ながらもちゃんと自分の口で自己紹介をするりりーに若干驚いた。

リリーは日光に弱いために日中外に出ることがないため人と会うことがない。
また出自がわけありのため不特定多数の人に会わないよう悠司やユーリィ、リリー自身も気をつけている。
悠司がこちらへ引っ越してきてから何人か訪ねてきたので、人と全く会うことが無かったわけではないが、人を見ると大概話をする前に奥へ引っ込んでしまう。
その後悠司は多少追求を受けるが、ちょっとわけありなため広めないでくれと頼む。
悠司の家へ訪ねてくる者といえば、仕事の依頼者を除けばそれなりに関係を築いている者なので、気を遣ってくれているためリリーの存在は一握りの者しか知らない。

まともに会う人間といえば悠司とユーリィくらいなのでリリーは非常に人見知りである。
なので悠司に促されたといえど、初対面の人に声をかけるのは珍しい。
ユーリィでさえ初めの頃は口を利いてもらうのに時間がかかった。
アネットはまともな聖職者なので、普通の人より害がなさそうだと判断したのかもしれない。
初めの頃より感情豊かになっているとはいえ成長したなぁ、と悠司が密かに感動していると、クイッと服を引っ張られた。
下に顔を向けるとリリーが何か言いたそうにしている。

「どうした、リリー?」
「足どうしたの?」

優しく問いかける悠司にリリーは彼の右足を指し示しながら問う。

「ちょっと仕事でトラブルがあってね、しばらく動きそうにない」

そういう悠司にリリーは不安そうに顔を見上げる。
悠司はそれに対し大丈夫だとでもいうように頷く。
彼の表情から大事にはいたってないと判断したのか、リリーはホッと息を吐く。
話が一段落し、悠司はリリーにアネットを食事に誘ったことを告げる。

「リリー、ここまで送ってくれたお礼にアネットさんを食事に誘ったから、一人分多く用意してもらえる?」
「ん……はい」

悠司の言葉に少し戸惑いをみせたが、リリーは素直に頷き家の奥へ走っていった。
それを見送り悠司はアネットへ話しかける。

「じゃあこっちへ」
「はい、ごちそうになりますね」

アネットを食堂へ案内する悠司。
まだうまく歩けないので、悠司はアネットの肩を借りて歩き出す。





食事が済み悠司とリリーは帰るというアネットを玄関まで見送りにくる。
二人に対しアネットはお辞儀をする。

「どうもごちそうになりました」
「いいえ、どういたしまして」
「……どういたしまして」

それに悠司は返事を返す。
リリーもどうやら食事をしている間に多少慣れたのか、とくに警戒した様子もなく返す。

「お礼というわけではありませんが、これをどうぞ」

アネットはそう言い懐から二冊の本を取りだし二人へ渡す。
悠司はそれを受け取りアネットに尋ねる。

「何これ?」
「エルナンデス教の教典です」

勧誘というわけでもないだろうが二人に教典を渡すアネット。
ある意味聖職者の性というやつなのだろうか。
ちなみのその本のタイトルは『そーなんですエルナンデス』。
誰が書いたんだこんなもん。
というかこんなもの教典にして大丈夫なのかエルナンデス教。
少々エルナンデス教の存在が不安になるが、悠司はとくに気にした様子もなく感謝をする。

「ありがとう、リリーの暇潰しにもなる」

外を出歩けないリリーは日中一人でいることが多く、その間は読書をして暇をつぶしている。
夜中に散歩することはあるがその時間は大体悠司も家にいることが多いため、やはり一人でいる時間に暇をつぶせるものが必要になるのだ。
元々この館は錬金術師のものであったので、置いてある本のジャンルがそちらへ偏っている。
なのでマンネリを防ぐためと広く知識を持つためという意味でなら、このようなものもありだろう。

「喜んでくれれば幸いです」

自分が信仰する宗教の教典を暇潰しの道具といわれても気にした様子もなくアネットは微笑む。

「では、おじゃましました」

そう言ってドアに手をかけ出ていくアネット。
悠司とリリーは手を振りながら彼女を見送る。
アネットは二人に手を振り返しながら、教会へと帰っていった。

















次の日悠司は教会での今日の治療を終え、町中を歩いていた。
隣には付き添いに来たユーリィがいる。
朝悠司の家に来た彼女は事情を聞き悠司と共に教会へ行ったのだ。
いつまでも人の肩を借りているわけにはいかないため、悠司は右手に杖をもっていた。
若干ましになったが未だ足は固まっているため引きずるようにして歩いている。

「アネットさんって人いなかったわね、会いたかったのに」

ユーリィはそうこぼす。
先ほど治療に教会へ行ったがアネットの姿は見えなかった。
ジェラルドに聞いたところ、今買い物に行っているらしく、入れ違いになったらしい。
しばらく二人が歩いていると前方に人だかりが見えた。
何事かと思い覗いてみると、そこでは人間と鳥頭の二人の男が言い争いをしている。
どうやら喧嘩らしい。

「あ」

悠司が何かに気づいたような声をあげる。
ユーリィは知り合いかと思い悠司に聞こうとするが、彼が鳥頭の男の後方を見ているのに気づきそちらへ向く。
そこには一人の女性がいた。
青い髪をして手には荷物を持っている。
その女性は鳥頭の男に向かって足をあげ―――





ゴッ!!!





―――そのまま踵落としを食らわせた。
倒れ込む鳥頭。
あんまりな行動に喧嘩をしていた人間の男を含み、あたりの人だかりは沈黙する。

「もしかしてあの人がアネットさん?」
「うん」

事前にアネットの特徴を聞いていたユーリィは、それがアネットだと気づき悠司に確認する。
返ってきた肯定の言葉に頭を押さえるユーリィ。
どうやら想像と若干ズレがあったようだ。
しばらく辺りは音一つしなくなったが、人間の男はハッとしてアネットに詰め寄る。

「て、てめぇ! なにしやがんだ!」

いきり立つ男にアネットは冷静に返す。

「このような往来で喧嘩をしてはなりません、周りに迷惑でしょう」

叱るように男にいうアネット。
それに焦ったように男は言い返す。

「だからっていきなり踵落としを食らわせるやつがあるか!」

なぜか喧嘩相手を庇うような言葉を言う男にアネットは告げる。

「始祖セント・エルナンデスはかつてこう仰いました」

敬虔な信徒らしい厳かな雰囲気で語るアネットに、男は気圧される。

「”おれのシマで騒ぎを起こす奴は問答無用でブッチめんぞ!”と」

またもや沈黙するギャラリー。
男は下を向きプルプルと震えている。
ユーリィは呆れたように口を開く。

「無茶苦茶言ってるわね、あの人……」
「教典に本当に載ってるぞ」
「載ってるの!?」

ユーリィはエルナンデス教徒にも知り合いはいるが、教典を見たことはあっても中身を読んだことはない。
昨日別れ際にアネットに教典を貰った悠司は中身を一通り読んでいた。
そのため先ほどのアネットがいった文句が載っているのを覚えていた悠司の言葉に、ユーリィは驚愕の声をあげる。
一般的な思考回路を持つユーリィは悠司とは違いエルナンデス教のことが不安になった。
ちなみにアネットがビホルダーを蹴り飛ばしたとき言った文句もきちんと載っている。
本の題名を知っているユーリィが、アレを読んだのか、と悠司に呆れていると、下を向いていた男が顔を上げアネットをにらみつけ、彼女へ襲いかかった。

「ぶざけんじゃねぇ!!!」

そういいアネットに向かっていく男を止めようと、ユーリィが身を乗り出すが、それは悠司に止められた。
なぜ? と問いただそうと悠司に顔を向けるが、彼は心配ないと言うように頷く。
ユーリィがそれに戸惑い悠司に聞こうとすると―――鈍い音が響き男が直上方向へ飛ぶのが見えた。
その下には足を振り上げた体制のアネットが見える。
高さ約5m、人が人を蹴り上げることができる高さではない。
それを見てあんぐりしているユーリィへ話しかける悠司。

「エルナンデス教って戦闘技術も教えてるだろ? あの人そうとうの腕らしいから普通の人相手じゃピンチにもならないよ」

その言葉にユーリィは悠司に聞いた事情を思い出し、納得した。
そういえばあの人ビホルダーを蹴り飛ばしたんだったわね、と。
おそらくあれでも手加減をしているのだろう。
アネットの方へ視線を戻す。
彼女は倒れている二人の男に説教しているが、彼らは気絶しているためもちろん聞こえない。
どんな理由か知らないが、ちょっとしたいざこざを起こしただけであんな目にあった二人にユーリィは同情する。

するとアネットは悠司に気づいたらしく、こちらへ駆け寄ってくる。
彼女が人垣によると、まるでモーゼのごとく人のかたまりが割れた。
アネットはそれを不思議そうに見ながらお辞儀しつつこちらへ近づく。
悠司の目の前まで来るとアネットは彼に話しかける。

「こんにちわユージさん、昨日ぶりですね。こちらの方はどなたですか?」

悠司に挨拶をしたあとユーリィの方へ視線を向け尋ねる。

「こんにちは。彼女はユーリィ、おれが世話になっている精霊術師だよ」

悠司は挨拶を返し、ユーリィの簡単な紹介をした。
彼の言葉を受けるようにユーリィは自己紹介をする。

「初めまして、ユーリィ・ライアルです。どうぞユーリィと呼んでください」
「ご丁寧にどうも。アネット・シモネです、昨日からジェラルドさんの所で世話になっています。アネットとお呼び下さい」

深々とお辞儀をするアネット。
先ほど大の男二人を伸したとは思えないほど優しげな雰囲気を醸し出している。
そんな彼女を見てユーリィは、人は見た目じゃわからなのね、と密かに思うのであった。




















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