第7話 「一段落」










悠司達がビホルダーの出現に頭を悩ませている、その上空約50m。
そこには一人の男が浮かんでいた。
おそらく30代半ばであろう外見。
黒尽くめの格好をし、頭には鍔の広い帽子をかぶりその下から僅かに茶色の髪が覗いている。

「さて、どうなるのかね」

ポツリと男は呟く。
表情らしい表情はなく、心境を判断する材料はないが、どこか楽しんでいる様子がうかがえる。
男は黒い切れ長の目を真下に向け、状況を観察するように悠司達を見ていた。

















悠司達はふよふよと浮き、ゆっくりこちらへ近づいてくるビホルダーから目を離さずに言葉を交わす。
負傷し立つのが辛そうなマイクに肩を貸しているレオンが悠司に尋ねる。

「どうする?」

それに悠司は少し考えるとレオンに指示をする。

「レオンはマイクを連れてあっちに行って、おれが適当に時間をかせぐから」

少し離れたところに固まっている商人達を指さし言う悠司に、レオンは驚いた目を向ける。

「囮ならオレがやる! お前がマイクを連れて行け!」

危険なことは自分に任せろといい、マイクを悠司に任せようとするレオン。
悠司はそれに首を振りごく冷静に返す。

「大丈夫だって、闘うわけじゃないから。逃げるだけならすばしっこいおれの方がむいてる」

その言葉を聞き口ごもるレオン。
レオンは力も強いしある程度闘い慣れているが、それほど敏捷な方ではない。
彼が囮役をするよりも悠司の方が安全といえば安全だろう。
しかしそれでも心配なのか悠司を説得しようとする。

「しかし……」
「大体あれ以外に魔物がいないとは限らないしね。いざというとき商人達を守ってもらわないと。それはおれにはできないから」

レオンの言葉悠司に遮られる。
悠司の言葉にレオンはハッとする。
確かにあのビホルダー以外に魔物がいないとは限らない。

そもそもゴブリンの出現からして多少不自然な点がある。
ゴブリンは世界中に生息していて、このあたりでも見かけるのはそう少なくない。
しかし他の種族に比べ力が強くない彼らは、あまり町の近くに来ることはない。
いつもは森の中で暮らしていて、彼らの縄張りに近づくか食料の調達に家畜を襲っているところを追っ払うときくらいしか、交戦することはない。

そしてビホルダーはこのあたりに生息するような魔物ではない。
ならば襲ってきたには理由があるはずだ。
それならばこの後もなにか出てくるかもしれない。
レオンはそう考え渋々ながらも悠司に囮を任せることにした。

「わかった、お前がある程度離れたら警備隊を呼びに行かせる。それが来るまで時間稼ぎを頼む」
「ん、よろしい」
「だからなんでそんな偉そうなんだ……」

いつもと変わらない悠司の様子に苦笑いする。
レオンは早速移動しようとし、何か気づいたように立ち止まり悠司に向き直り声をかける。

「そうだ、ユージ。あいつの突起から出す光線には触れないようにしろよ」
「光線?」
「ああ、それに触れると触れた部分が動かなくなる」

ビホルダーは頭に生えている無数の突起の目から光線を出す。
それに触れると、よほど強力な障壁を張っているか特殊な防具をつけていない限り、石になったように動かなくなるのだ。
毒や呪いの類とは違い、ビホルダー固有の能力なので解呪することも難しい。

「わかった」

レオンの忠告に素直に頷く悠司。
それを確認してからからマイクを担ぎ直し商人達の方へ移動する。
ビホルダーは動き出す二人を見てそちらへ近づこうとする。
悠司はそれに対し石を数個投げつけ注意を自分の方へ向けさせる。
注意が自分に向くのを確認してから、悠司はレオン達が移動したのと逆方向へゆっくりと歩き出す。
その動きにつられビホルダーは悠司と同じ方向へ移動をし始める。

レオンとマイクは商人達の元へたどり着く。
仕事仲間の4人もそちらへよってくる。
その内の一人がレオンへ声をかける。

「大丈夫なんですか? あいつ一人で」
「さぁな、だが一人二人助けに行っても邪魔なだけだろう。それよりユージがある程度離れたら誰か一人町まで行け、できるだけ早く警備隊を連れてこい」
「はい、俺が行きます」

心配そうに話しかけてきた言葉に返し、レオンは悠司に言った通り警備隊を呼ぶ準備をさせる。
それに話しかけてきたのとは別の男が返事をする。
レオンは頷き悠司の方へ視線を戻す。
すでにここからそれなりに距離が離れている。

「大丈夫そうだな、行け」
「はい」

ビホルダーの注意がこちらに向いていないのを確認し、指示を出す。
指示に従い先ほどの男が町へ向かって駆けていく。
レオンはそれを見送り、遠目に見える悠司に視線を向けると、グッと拳を握った。

「お前らは少し辺りを見回ってきてくれ、他にも何かいるかもしれない」
「わかりました」

残りの3人にレオンは指示を出す。
彼らはそれを受け散らばる。
そうしてレオンも辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。

「申し訳ありません、少しお聞きしたいのですが」
「え?」

















悠司とビホルダーは20mほどの距離を置き対峙していた。
どうやらあの魔物はそれ程速く動けないらしく、悠司はあまり危険な目に遭うこともなく時間を稼げていた。
隙あればいくらかダメージを与えておこうと、悠司は何度か石を投げつけるが、それが当たることはなかった。

実は悠司は細かい力加減や精密なコントロールというものがあまり巧くない。
こちらへ来て異様な身体能力を手に入れた悠司は、当初その力をもてあましていた。
いきいなり強力な力を持った彼は、初めはただ便利だという認識しかなかった。
しかしいざ生活を始めるとどうにもうまくいかない。

少し強めに物を叩くと壊れてしまう。
握手をすると相手が痛がる。
人に物を投げつけると本人は軽く投げているつもりでも予想外の速度が出る。
宿屋に住み始めて初めの1ヶ月ほどは、よく物壊してゲイルとマーサに怒られていた。

今では私生活に支障はきたさないように加減はできるようになったが、どうも力を込めると過ぎてしまうことがある。
そのため今しているように、それなりに力を込めて物を投げるとあさっての方向へ飛んでいってしまう。
どうしたものか、と悠司は考えるが、倒すことが目的ではないので気を引くことができればそれでいいと考え直す。
そうしてポイポイ石を投げつつ適当に距離を置いてウロチョロしていると、ビホルダーが動きを止めた。
何事かと思い悠司も動きを止める。
するとビホルダーの突起の一つが光り、一瞬の間をおきそこから光線が飛び出す。

「おおう」

その光線を間一髪でよける悠司。
おそらく今のがレオンが言っていたやつだろう。
この距離でも届くのかと悠司はさらに距離を開く。
するとまた突起が光り、悠司に向かい光線を放つ。
どうやら追いつくのは諦めたらしく、動きを止めてしまおうと考えたらしい。
連続で光線を放つ。
狙いをつけさせないように動き回り、悠司はそれらをよけまくる。

突然光線がとまる。
休憩か? と思いつつも、悠司はビホルダーから目を離さない。
すると突起が7つ同時に光り輝き出す。

「まてまて」

嫌な予感がして、悠司は待つように言うが、もちろんビホルダーは聞く耳を持たない。
7つの突起それぞれから光線が迸る。
しかも逃げ場をふうじるように広がりをみせてランダムに放ってくる。
悠司は足に力を込め、思いっきり横に跳ぶ。
10mほど跳んだおかげで体に直撃はしなかったが、一つが右足にかする。
右足が動かなくなったため、うまく着地できずに倒れ込んでしまう。
その隙にビホルダーは多少近づき、また突起を7つ光らせる。

「まっずいねぇ」

右足が動かないため先ほどのように跳ぶことはできない。
さらに近くに隠れるような場所もない。
どうしようか悠司は悩むが良い考えも浮かばない。
ビホルダーはそんな悠司を後目に光線を放とうとする―――

「始祖セント・エルナンデスはかつてこう仰りました」

―――と、悠司の反対側、ビホルダーの背後から声が聞こえた。
ビホルダーはその声に反応し、振り向く。
それと同時にビホルダーの側面にミドルキックがたたき込まれる。

「”目の前に障害があったらどうするって? ハッ! 蹴り飛ばしてやればいいのさ!”と」

蹴りを受け吹っ飛ぶビホルダー。
街道を外れ横にある森の中まで飛び、木々をなぎ倒していく。
先ほどまでビホルダーがいたその場所には、一人の女性がいた。
ビホルダーを蹴り飛ばしたのだろう右足を振り抜いた体制。
少し遠目で横向きになっているので顔はよく見えないが、透き通るような青く長い髪をしている。
服は金糸で模様の入ったゆったりとした白いローブ。
頭には服と同じように金糸で模様の入った白い帽子をのせている。
彼女は悠司の方へ顔を向けこちらへ歩み寄ってくる。
悠司の前に立ち止まり、彼に向かい手をさしのべる。

「大丈夫ですか?」

遠目では分からなかった髪と同色をした瞳を見つつ、悠司は手を取り立ち上がる。
固まった右足を気にしつつも悠司はその女性へ声をかける。

「エル教のシスターですよね? ありがとうございます」
「ええ、そうです。どういたしまして」

最もポピュラーな宗教、始祖セント・エルナンデスを崇めるエルナンデス教。
その教えには戦闘技術もあるというよくわからない宗教だ。
闘うシスターも良い、と思いつつ悠司は礼を言う。
女性は悠司がそんなことを考えているとはつゆ知らず、笑顔で答える。
すると女性の肩越しに30人ほどの人がこちらへ走ってくるのが見えた。
どうやら警備隊を連れてきたらしい。
シスターもそれに気づいたらしく振り返る。
悠司は警備隊に向かって手を振る。
闘うメイドさんとどちらがいいかな、と考えつつ。




















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