第6話 「事件発生」
悠司がこちらへ来て感謝したことの一つに就職難がないことがあげられる。
元の場所では彼は大学2年生であった。
団塊の世代が定年を迎え一昔前よりはるかに就職が容易になったとはいえ、とくに専門技術も売り込み能力も持っていない悠司は多少なりとも職に就くには苦労はしただろう。
こちらへ来てから変に身体能力が上がったことに加え、日本ほど人が溢れているわけではないここは、働き口が無くて人が余るということはない。
そのため彼が職に困るということはなかった。
なので扶養家族ができ、以前より仕事の量を増やそうとした悠司はそれを容易くできた。
今日もその仕事に精を出しているはずの悠司だったが、彼は何故か一人ぼんやりと立っている。
彼は自分が立っているところから少し離れたところで何か忙しなく動いている人たちをじっと見ていた。
木の陰に隠れるようにして立っている悠司はその気配を全く消している。
何故彼がそんなことをしているかというと。
「おい! ユージ! 隠れてないでお前も闘いやがれ!」
悠司から少し離れた場所にいる男が叫ぶ。
その男は手に棍棒を持ち、それを目の前にいるゴブリンに突きつけている。
彼の周りには同じように手に棍棒を持つ男達が多数のゴブリンを相手に闘っている。
そう、悠司は別に人間観察をしていたわけでもなく、ただ単に魔物と闘うのが嫌で隠れていただけである。
「ゴブリンってなんかグロイから嫌だ」
「てめぇその馬鹿力はなんのためにあるんだ!」
「おれが傷つかないため」
「死んでしまえ!」
吃驚するくらいやる気のない悠司。
悠司に声をかけた赤い髪の男はゴブリンを相手にしながら罵声を浴びせる。
そもそも今回の仕事はゴブリンの討伐などではない。
これは予定にない事態だったのである。
だいたい仕事内容が魔物の討伐なら悠司はその仕事を受けない。
なぜこんなことになったんだろう、と悠司はここまでの経緯を思い返してみる。
引っ越しのごたごたが一段落し、悠司は仕事をしようと斡旋所への道を歩いていた。
家まで仕事を頼みに来たり手紙を送ってきたりする事はあるが、特定の店を持たない者は大抵斡旋所へ行き、そこで自分の望む仕事を探す。
斡旋所へ着き悠司は壁際にある掲示板へ向かう。
内容別に分けられた中で、短期間で終わりそうなものを探す。
引っ越しで物入りなので、できるだけ早く報酬が欲しいのだ。
すると掲示板を眺めている悠司の背に声がかけられた。
「おう、ユージ。仕事探してんのか?」
悠司が振り向くとそこには赤い髪をした大柄な男がいた。
180近くある悠司より20cmほど高い背をした男。
「レオンか。あぁ、引っ越したばっかで金がないから」
「お前引っ越したのか? よくそんな金があったな」
レオンと呼ばれた男は悠司の言葉を聞き少し驚いたように返す。
悠司はとりあえず自分がまともに生活できればよく、とくに裕福な暮らしをしたいと思っているわけではないため、そう頻繁に仕事をするわけではない。
週に1・2回斡旋所へ来て日払いの仕事をする程度で、その他にはわざわざ自分を頼ってきた人の頼みを聞くくらいだ。
何度か悠司と一緒に仕事をしたことがあるレオンはそのことを知っており、まさか引っ越しできるほど金を貯めているとは思っていなかったらしい。
「ちょっと運が良くてね、けっこう広い家を手に入れた」
そういう悠司にレオンは少々羨ましげな顔をする。
しかし何かを思いだしたかのように表情を戻す。
「そういや仕事探してたんだろ? ちょっとオレのを手伝ってくれ、ちゃんと報酬は出す」
「内容は?」
「カールトンからの荷馬車が街道で横転したらしくてな。3台くらいまとめて倒れたらしいから何人かに声かけてるんだ」
カールトンはここガルサースの北東にある港町。
中央大陸マカラリアとの交易が盛んなこの町はガルサースに月に一度商品を運んでくる。
その商品を運んでいる荷馬車が来る途中の街道で横転してしまったらしい。
ちなみにガルサースが所属するジュヌブス連邦のあるトート大陸は、世界地図でいえば西の端になる。
「わかった、手伝ってやろう」
「何でそんな偉そうなんだよ……」
やけに尊大な態度の悠司に肩を落とし、レオンは斡旋所から出ていく。
「あれだ、何人か先に行ってもらって積み荷を出してもらってる。もう終わってるみたいだな」
レオンが指さした先には5人の男達が倒れた荷馬車の近くで談笑している。
その内の一人が悠司とレオンが来たのに気づき駆け寄ってくる。
「レオンさん、終わらしときましたよ。ユージを連れてきたんですね、それならさっさと済みそうだ」
駆け寄ってきた若い男がレオンに報告した後、隣にいる悠司を見て納得したようにいう。
「ごくろうさん、マイク。ああ、たまたま斡旋所にいたから連れてきた」
レオンは若い男を労った後、少し離れたところで積み荷の確認をしている数人の商人の方へ歩いていく。
悠司とマイクと呼ばれた男もそれに着いていく。
商隊の責任者らしい白髪頭の商人にレオンが声をかける。
「どうも。無くなった物とかはありませんか? 問題ないようでしたら馬車を起こそうと思うんですが」
荷物の点検をしていた商人はその声に顔を上げる。
その商人はレオンの大きな体に少し驚いたようだが、彼が今回の仕事の責任者ということに気づき返事をする。
「あ、ああ。君が今回の責任者だね? 荷物の方は問題ないようだ、お願いするよ」
「了解です。おーいお前ら! 起こすぞ!」
許可をもらったレオンは悠司とマイク、そして少し離れたところにいる4人に声をかけ、馬車に近寄っていく。
荷物を出すため苦労して動かしたのだろうが、そこには3台の馬車が少し間隔をあけ、一列に横倒しになっている。
その2台目の丁度真下あたりの地面が窪んでいる。
レオンはそれに気づき近寄っていく。
「これのせいか。馬車の重みで陥没したのかな」
その窪みを見ながらレオンは呟く。
おそらく先頭の馬車が通ったときに地面が窪み、それに車輪を取られ転倒。
そこに後続の馬車が突っ込むか急激に方向転換しようとしたかして倒れたのだろう。
だが彼は不思議そうな顔で、しかし、と続ける。
「ここの街道はけっこうしっかりと整地してるはずなんだがなぁ……地面が陥没するなんて、そうそうあるはずがないんだが」
この街道はガルサースとカールトンをつなぐ唯一の道である。
なので毎日それなりの交通があり、そのため整備はそれなりに行われている。
前日に雨が降ったというわけでもないのに急に陥没するのは少し不自然である。
しかし考えても理由は分からない。
まぁいいか、と呟きレオンは馬車へ向き直る。
そして他の男達に指示を出す。
「ユージ、お前は向こうだ。他のやつはサポートな」
悠司とレオンが馬車の前と後ろに着く。
他の5人は左右に分かれそれぞれサポートの準備をする。
「せぇ……の!」
レオンのかけ声と共に彼と悠司は力を入れる。
すると馬車はゆっくりと起きあがる。
残りの5人がバランスを崩さないよう、そこここを押さえながら馬車を起こす。
ゆっくりした動きで馬車が完全に起きあがる。
馬車が壊れていないか確認し、次の馬車を起こしに行こうとしたとき。
「うわあああ!」
「なんだぁ!?」
商人達の方から悲鳴が上がる。
それに驚き悠司達はその方向へ顔を向ける。
(そしたらゴブリンが街道の横から出てきたところだったんだよなぁ……)
そうだったそうだった、と悠司は頷く。
「おい、そこのアホ」
「ん? あれ、終わったの?」
どうやら悠司が回想している間にゴブリン退治は終わっていたようだ。
先ほどまで戦闘をしていた面々は腰を下ろし休憩をしていた。
その周りには何匹かのゴブリンの死体が転がっている。
現れた数よりいくらか少ないところを見ると、数匹は逃げていったらしい。
悠司は極力死体を見ないよう、目の前に立つレオンに目を向ける。
「終わったの、じゃねぇよ、お前も戦えっつうの」
呆れたようにため息を吐きながらいうレオン。
「だって死体とかグロイじゃん、無理無理」
悠司は首を振りながらいう。
日本生まれの日本育ちの悠司は死体など祖父母のものと実家でかっていた犬くらいのものしか見たことがない。
しかも彼らは寿命だったため、その体はきれいなものだった。
ことらに来てからそういうものを目にする機会が増えたとはいえ、そうそう慣れるものでもない。
ファンタジーといえどいいこと尽くしではないのだ。
「なんでお前はこういうのはだめなのかねぇ……」
しかしそんなことは知らないレオンは悠司を不思議そうに見る。
たしかに見た目は荒事には向いていなさそうな悠司。
しかしその力はそんじょそこらの荒くれ者など相手にしないくらい強い。
身のこなしはとくに見るべきところはないが、それだけの力をしている悠司は、周りから見れば頼りになるだけでなく多少は畏怖される。
そんな彼が戦いが苦手というのはレオンには俄に信じがたいことだった。
「まぁお前も「ぐあっ!」またか!?」
何かをいいかけたレオンだが、突如聞こえた悲鳴に遮られた。
彼が目を向けた先にはゴブリンでない魔物に襲われているマイクの姿があった。
悠司もそちらへ目を向ける。
まん丸の体に大きな一つ目と口。
頭からは目がついている無数の突起が生えている。
その姿はまさに―――
「鈴木土下座衛門?」
―――であった。
「ビホルダー!? なんであんな高位の魔物がここに!?」
(土下座衛門じゃなかったのか)
横で驚愕するレオンの言葉に悠司は一つ真実を知った。
隣にいる人物がそんなことを考えているなど知る由もないレオンは、マイクを助け出そうと走り出す。
しかし少々遠い。
レオンがたどり着く前にマイクはやられてしまうだろう。
そう考えた悠司は足下に落ちていた拳大の石を拾い、大きく振りかぶりビホルダーへ投げつける。
悠司の並はずれた筋力により投げられたそれは空気を切り裂きうなりをあげビホルダーへ一直線に進む。
しかし石はビホルダーに直撃せずその手前に着弾。
尋常じゃない威力を持ったそれは地面にあたり粉々になり、近くにいたものに衝撃を加える。
それにビホルダーは僅かに怯む。
その隙にレオンはマイクに走り寄り、彼を連れて悠司の方へ駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
悠司はマイクへ声をかける。
「ああ……むしろお前が投げた石つぶてにやられた……」
どうやら彼にも当たっていたらしい。
所々血が流れている。
「そうか」
「いや、そうかって……まぁいいけどさ……」
悪びれない悠司に呆れるマイクだが、あのままだと死んでたしな、と思い直す。
「しかしどうするかねぇ……」
困ったように呟く悠司。
彼の視線の先には一体のビホルダー。
その視線はこちらに―――否、悠司に向けられていた。
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