第5話 「お引越し」










「もう……行くのかい?」

四十絡みの女性が不安そうな顔をして呟く。

「やめることはできねぇんだな?」

口髭を生やした男が確認するようにいう。

「ああ、これは……おれが決めたことだから」

悠司は儚げな表情で二人に返す。

「絶対……絶対帰ってくるんだよ!」
「いつでも待ってるからな!」

沈痛な面持ちで二人は悠司へ言葉をかける。
そんな様子に軽く笑みを浮かべ、悠司は背を向け歩き出す。
背中越しにグッと片手を上げる彼に二人は感極まったように叫ぶ。

「「ユ―――――ジ―――――!!!」」




















「いや、引っ越すだけでその反応はどうなのよ?」
「「「ノリで」」」

さいですか。

















前回の依頼で夢のマイホームを手に入れた悠司は、とりあえずその館が人の住める程度に整理が終わったので引っ越しをすることにした。
ユーリィと連れだり悠司が荷物を置いている宿屋へ向かい、そこの主人へ悠司が引っ越しの報告をすると、何故か始まった小ネタに彼女は肩を落とす。

「じゃ、ゲイルおじさん、マーサおばさん、お世話になりました」

悠司が共に小ネタをしていた二人へ頭を下げる。

「本当に引っ越しちゃうのかい? 寂しくなるねぇ」

マーサおばさんと呼ばれた恰幅のいい女性が腕を組み、片手を頬へ当て嘆息する。

「まぁいつでも遊びに来な、ユー坊」

ゲイルおじさんと呼ばれた大柄な男性が、ばしばしと悠司の背中を叩きながらいう。
宿屋『トドマリ亭』を経営するこの夫婦。
住所不定無職でしかも一文無しの悠司を快く迎えてくれた気のいい二人である。
下町の熟年夫婦を連想させる二人は、悠司の引っ越しを惜しみつつも喜んでくれた。

「お礼もできずにすみませんが」
「いいっていいって、嬢ちゃんとの新婚生活を楽しみな」
「違うわよ!」

からかうようなゲイルの言葉に赤くなるユーリィ。
彼の後ろでマーサもニヤニヤしている。
悠司は一つ頷き真剣な表情で口を開く。

「ええ、これからおれとユーリィのめくるめく愛よくふぉあ!」

戯言を抜かす男の口へ術を食らわす。
奇声をあげる悠司。
口を押さえつつユーリィへ目を向ける。

「何をするんだ。痛くないとはいえ驚くぞ?」
「あなたが下らないこと言おうとするからでしょうが! さっさと行くわよ!」

襟を掴みユーリィは悠司を引きずるように歩き出す。
されるがままの悠司は宿屋の二人へ手を振る。
夫婦はそれに手を振り返す。
雑踏の向こうへ消えていく二人を見送り、その方向へ目を向けたまま話す。

「しかし嬢ちゃんも面倒見がいいねぇ」
「まぁ何だかんだであの子も好きでやってんのさ」
「ちげぇねぇ」

嫌々やってるようには見えねぇしな。
そういうゲイルに同意するように頷くマーサ。
若いってのはいいねぇ、と二人は仕事へ戻るのであった。





「で、どうする? とりあえずその荷物を先に置いてくる?」

ユーリィは悠司が持つ一抱えほどの袋を指さし言う。
それは悠司の引っ越し荷物の全てだ。
家具などは宿屋に備え付けなので、悠司の私物といえば衣服にいくつかの小物程度。
特に衣装持ちではない悠司は、その私物の全てを袋に詰め込んでも大人なら簡単に持ち運べる。
何度も往復したり、荷台などを使わずとも一度で済む量だ。

「そうだな、置いてから買い物に行こう。本当はリリーも連れて行きたいとこだけど、外出着もないしまだ外に出すのは不安だ」
「そうね」

リリーとは先日館の地下で発見した少女のことである。
名前はどうする? とユーリィが問いかけたので悠司がその場でつけた。
理由は「白いから」らしい。
リリーには一般常識というものがまるでない。
どうやらあのシリンダーの外に出たことは無かったらしく、彼女はまるで生まれたてのヒナのようであった。
外に出て初めて見た悠司に懐いていて、悠司の側にいようとする。
悠司が外へ出ようとするとそれに着いていく。
そのため今日こうして引っ越し作業をするにも、館で待っているよう言い聞かせるのに多少難儀した。
どうやら刷り込みに近いことが起こったようだ。

さらにリリーはどうやら日光が苦手なようだった。
ある日悠司が館のテラスのような場所で少しのんびりしていたとき。
いつものようにリリーはその傍らについていた。
そこは日が程良くあたりそよ風が気持ちよかったので、悠司は長めにそこでじっとしていた。
その次の日、リリーの肌は真っ赤になっていた。
長いといっても2時間ばかりの間で、日差しもそこまで強いというわけでもなかったはずなのに。
事実悠司の肌は何ともなっていない。

どうやらリリーはアルビノというものらしい。
色素がほとんどないといっていい、その白い髪と赤い目。
普通ここまで目に色素がないと視覚になんらかの異常が起こるはずだが、幸いリリーはそんなことはなかった。
ホムンクルスのリリーは見た目は人間と同じでも、多少つくりが違うのかもしれない。

そういった理由でリリーは外へ出ることができない。
そうこうしている内に屋敷へ着く。
悠司が扉を開けユーリィを中へ導く。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

倒れ込むユーリィ。
満足げにサムズアップする悠司。
無表情でサムズアップするリリー。
こころなしか胸を張り得意そうにしている。

「どういうことよ、これ!」

勢いよく起きあがり悠司に詰め寄る。
彼女が指さす先にはメイド服を着込んだリリー。

「いや、あったから」

普通着せるだろ? といわんばかりの顔をする。
何故リリーがこんな格好をしているか。
それは悠司がいうとおりこの館にあったのである。

リリーは発見時何も着ていなかった。
それでは困るだろうとユーリィはその日の内に自分の服をいくつか持ってきてくれたのである。
しかしそれだけでは心許ないと、悠司は館を探索したときに衣類があったのを思い出し、館中のクローゼットを探し回った。
そしたら出るわ出るわ、メイド服の数々。
しかも一種類だけでなく色々なタイプのものが。
この館は以前メイドを雇っていたのだろうか。
それとも主人の趣味だったのだろうか。

真相は分からないが、悠司にとって重要なのはここに美少女がいて、そして己の手にはメイド服があるということ。
ならば着せるしかあるまい。
そう意気込みリリーにそれを着るよう促した。
その結果は素晴らしかった。
こうなるとあのセリフを言ってほしい。
そんな男の願望をリリーへレクチャーした結果。

「これが完成形だ」

悠司が手を向ける先には一分の隙もなくメイド服を着こなす美少女。
ピシッとのびた背筋が素晴らしい。
一家に一人欲しいくらいだ。

「もう……変なこと教えないでよ、リリーは悠司のいうことなら疑わないんだから……」
「兄さんは神です」
「そこまで!?」

淡々と恐ろしいことをのたまうリリーにユーリィは戦く。
冗談に聞こえないから怖い。

「じゃあ買い物に行こうか。リリーはお留守番な」

悠司はリリーの頭を撫でながらユーリィへ声をかける。
それにリリーは若干不満そうな様子ながらも文句は言わない。

「そうね。リリー、服と日傘か何か買ってくるから今度は一緒に行きましょうね」
「はい」

リリーはユーリィの言葉にこくりと頷く。
その反応にユーリィは笑みをこぼす。
彼女は二人の様子を微笑ましそうに見守っていた悠司とともに外へ出ていく。
リリーはそれを見届けてから自分にあてがわれた部屋へ戻り、次のお出迎えの準備を始めるのだった。

















リリーの服と日用品を一通り買えそろえ、悠司とユーリィは館へ戻る道を歩く。
時刻はもう夕ご飯時。
遅くまで付き合ってもらったお礼とお詫びも兼ねて、悠司はユーリィを食事に誘った。

「あなたご飯作れるの?」

外食をするのかという問いに、悠司の自分が作るという返したのが意外だったのか、ユーリィは驚いた声をあげる。
いわゆる冷凍食品の類ではなくちゃんとした食材を買い込む悠司に、リリーはまだそんなことはできないだろうと不思議に思ったが、まさか彼が作るとは思わなかった。

「まぁ久しぶりだし、そんなうまいものは作れないけど」

元々一人暮らしをしていた悠司は簡単な料理なら作ることができる。
こちらへ来てからは宿屋住まいだったので、料理はマーサが作ってくれていた。
別に料理好きだというわけではない悠司はマーサに、自分に作らせてくれ、と頼むことはしなかった。
こちらへ来てから作ったものといえば、夜中に小腹が減り、宿屋の厨房を借りて作ったつまみのようなものくらいである。
なのでユーリィは悠司が料理を作ったところを見たことがない。
少々不安ではあるがそれ程問題はあるまいと判断した悠司は、引っ越したこの機会に、また自炊を始めようとした。
そのついでにリリーにも覚えさせよう。

適当に二人で話しながら歩いているとそう時間も経たない内に屋敷へと着く。
先ほどと同じように悠司が扉を開け、ユーリィを中へ導く。

「おかえりなさいあなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し?」

またも倒れ伏すユーリィ。
目の前にはどこにあったのかエプロンをつけた若奥様風のリリー。
その顔は無表情。
まだ表情作りはできていないらしい。
今度は笑顔を覚えさせるべきか、と考えながらうんうんと頷いている悠司。

「今日は疲れた……」

このまま眠りたい、とユーリィは伏しながら呟く。
彼女の気苦労はしばらく絶えそうにない。




















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