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 魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にあるヴェストリの広場で、サイトは一人でデルフリンガーを振り回していた。
 現在の時刻は、昼の少し前だろうか。
 ヴェストリの広場は西側にあるので、昼間でもそれほど日が差さないため、あまり人が寄りつかない。
 それに加え、学院生たちは授業を受けている時間なので、サイトがこうしてブンブンと剣を振っていても、文句を言う者はいなかった。

「どうした、疲れたんかい? ほれ相棒、雑に振りなさんな」
「うるっ、せー……黙って、振られてろ、つーの……ッ!」
「なんてー言いぐさだ。相棒がどうしてもって言うから付き合ってるっつーのに。これはアレだね、訴えなきゃいかんね。待遇の改善を断固訴えるね、俺は」

 ぶつくさ文句を言い出すデルフリンガーを無視して、サイトは黙々と剣術の稽古に励む。
 随分長い間稽古を続けているのか、パーカーを脱いで露わになったシャツは、汗に濡れてピッタリと肌に張りついていた。

 王宮から学院に帰ってきてから三日、サイトは毎日こうして稽古を続けている。
 朝起きてルイズの支度の手伝いをして、厨房で朝飯をもらうとすぐにヴェストリの広場に向かい、彼女が授業を受けている間はこうしてずっとデルフリンガーを振っている。
 それこそ食事と寝るとき以外は、常に稽古に励んでいるほどだ。

「ほれ、ただ振るだけじゃ駄目だっつーに。ちゃんと相手を想像しながらやんな」
「…………」
「一振り一振りに力込めるんだよ。とりあえず振り下ろせばいいってもんじゃねぇぞ」
「…………」
「だから握りが弱いんだって。剣筋がブレてるだろーが。持つんじゃなくて、掴むくらいの気持ちで」
「―――っだーっ! うっせーなデル公!」

 デルフリンガーの言葉をイライラとした表情で聞いていたサイトは、ついに限界が来たのか、デルフリンガーを投げ放り投げ、その場に座り込んだ。
 ほっぽられたデルフリンガーは少し離れたところで地面に突き刺さると、鍔をカタカタ鳴らして文句を言う。

「ひでぇなぁ、おい。相棒が剣の稽古をしたいっていうから教えてやってるっつーのによ。その俺を放り投げるっつーのはどういう了見だ」
「あーあーあー、分かってる、悪かったよ。でもなー、うまくいかねぇんだもんよ……」
「そりゃ一朝一夕でどうにかなるもんじゃねぇだろうさ」
「そうだろうけどなぁ……」

 サイトはため息をつくと、その場であぐらをかく。
 片膝に肘をつき、拳をつくるとその上に頬をのせて、空を見上げるように視線を移した。
 思い出すのは三日前、ワルドに誘われて練兵場に連れられて行った、決闘じみた闘い。
 サイトには自信があった。

 ワルドがどこかの隊の隊長だというのは聞いていた、見た目にも分かるほど鍛えられているのも分かった、言葉の端々から自身の腕に自信を持っているのも窺えた。
 それでも―――勝てると思っていたのだ。
 武器を握ると不思議な力がわいてくる、この左手の――オスマンが言うには『伝説』の――ルーン。
 これさえあれば、何とかなると思っていた、事実今までは何とかなっていたのだ。
 ギーシュのときも、フーケのときも。
 しかし―――

「勝てなかったんだよなぁ……」

 ―――ワルドには勝てなかった。

 ワルドとの決闘を思い出すが、純粋な身体能力では自分の方が勝っていたはずだとサイトは思っている。
 力でも早さでも負けてはいなかった。
 しかし、実際には手も足も出なかったのだ。
 サイトのくり出した剣戟は、ワルドの手に持った細いレイピアのような杖で、防がれ、いなされ、避けられた。
 戦闘時間はたかが十分程度ではあったが、何十回と剣を振り下ろしても、ワルドの服を掠めることすらできなかった。

「そりゃあしょうがねぇだろうさ。相手はちゃんとした軍人だ、しかもスクウェア・クラスかもしれんね」
「……あいつは一回しか魔法を使わなかったじゃねぇか」

 デルフリンガーの慰めるような言葉に、サイトは憮然として返す。

 ワルドの放った魔法は一つだけ、最後のトドメにサイトの体を吹き飛ばした、おそらく『風』の呪文だけだ。
 しかも、あきらかに手加減されていた。
 見た目には派手に吹き飛ばされていたが、多少擦り傷や打ち身を負った程度で、どこかの骨が折れていたわけでも、出血が酷かったわけでもない。

「まぁだから相棒は稽古なんかしてんだろ? ほれ、続きはやんねぇのかい?」
「わーってるよ」

 デルフリンガーの言葉に相づちを打ち、サイトは立ち上がる。

 ワルドとの戦いの後、御者からことの次第を聞いていたルイズには、主人に黙って勝手に決闘するとは何事だと、学院に帰ってきてから怒られた。
 相手は近衛の隊長なのだから、負けて当たり前だとも言われた。
 それは彼女なりの慰めだったのかもしれないが、それで納得できるサイトではない。
 キュルケあたりには「似たもの主従」とでも言われそうだが、サイトもルイズに負けず劣らず負けん気が強い。

 負けたのは単純に技量の差だ。
 考えてみれば当たり前だ、いくらルーンの力があるとはいえ、サイトはハルケギニアに来るまでは、武道の心得などこれっぽっちもない、ただの高校生だったのだから。
 喧嘩一つしたことすらない、平和な日本で生まれ育った彼が、軍人として鍛えられたワルドに敵うはずもない。
 それが分かってしまうために、サイトは尚更悔しかった。

「くだらない意地だってわかってるけどなぁ……」

 きちんとした教師や師匠に教えられているわけでもなく、ただこうして漠然と剣を振っているだけの、我流かつ付け焼き刃な剣術で、ワルドに通用するはずがないことは分かる。
 そもそもいくら鍛えたところで、もう一度ワルドと闘うことができるという保証はない。
 だがそれでも、あの何となく気に入らない男の顔に一発ぶち込むために―――

「協力してくれな、デルフ」

 そう言って柄を握りしめてくるサイトの力強さに、デルフリンガーは楽しそうに笑い声を発した。

「かかかかかっ! 若いねぇ相棒。だがそれがいい! 頑張んな! がむしゃらに何かできるのは、少年の特権だ。精一杯青春しろ!」
「青春ゆーな。何か、こっぱずかしいだろが」

 恥ずかしそうに呟き、再度自身を降り始めるサイトに、デルフリンガーはまたも愉快気に笑い声をあげた。
 そうして少しの間ひたすらに素振りをしていると、不意にデルフリンガーが声を発する。

「しかしあれだね。せめて相手がいれば、もうちょいマシなんだがね」

 その言葉にサイトは一度手を止めて、額にうかんだ汗を拭う。

「相手っつってもなぁ……こんなことに付き合ってくれそうな、都合のいい奴なんて……」

 と言いかけたところで、どこからか歌い声のようなものが聞こえてきた。
 誰かとサイトが広場を見渡してみると、『風』の塔の裏手から、一人の男子生徒が歩いてくるのが見える。
 よく目を凝らしてその人物を見てみると、それはサイトにも見覚えがある人物であった。

「グ〜ラモンモングラモンモランシー!」

 ギーシュである。
 彼は相変わらず胸元を大きく開けた、ヒラヒラとしたシャツを着て、口に薔薇の造花を銜えていた。
 そしてもう一つ手に持った薔薇――おそらく彼の杖であろう――を振りながら、花びらを辺り構わず撒き散らしつつ、変な歌らしきものを口ずさみ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
 本人は陶酔しているようだが、端から見れば奇行極まりないその光景に、サイトは若干ひきつつギーシュに声をかけてみた。

「ギ、ギーシュ……」
「ギーシュ・ド・グラモンモランシー……おや? サイトじゃないか、何しているんだい?」
「いや、お前こそ何を……」

 サイトの問いに、ギーシュは「見て分からないか?」とでも言いたげな表情で首を傾げる。

「もちろん僕の新しい登場場面の練習さ、これでモンモランシーもいちころだろうね」

 登場場面の練習ってなんだとか、新しいということは他にもあるのかとか、いろいろ聞きたいことはあったが、実際それを聞くと面倒くさそうなことになりそうだったので、サイトはとりあえず流しておいた。

「君こそこんなところで何をやっているんだね?」
「ん? ああ、ちょっと剣の練習を……」

 質問に答えようとしたサイトだが、不意になにかに気づいたように言葉を止めると、目の前のギーシュを見て何事か少し考え事をし始めた。
 そして何やら頷き一人で納得すると、ギーシュに歩み寄り彼の肩をにこやかに叩く。

「ギーシュ、ちょっと付き合ってくんねぇ?」
「付き合ってって君……僕にはモンモランシーという心に決めた相手がいるんだが……大体そんな趣味は断じてない!」
「俺だってねぇよ! ―――そういう意味じゃなくて、稽古の相手してくれっつってんの」

 嫌な勘違いをしたギーシュに怒鳴りつけ、サイトは次いで正しい目的を言いながら、手に持ったデルフリンガーを軽く振った。
 それを見たギーシュは「そういうことか」と納得し頷くと、心なしか楽しそうに笑みをうかべ了承する。

「成る程、いいだろう。いつか君には借りを返したいと思っていたんだ」

 サイトがこちらに来てから初めて闘ったメイジであるギーシュ。
 挑発じみた言葉を放ったサイトもサイトだが、あのときの非は基本的に自分にあるとギーシュは分かっている。
 原因は二股をかけていた自分だし、貴族に反抗する生意気な平民を痛めつけてやろうと思っていたのは事実だ。
 しかしギーシュとて、トリステインの名門軍人貴族グラモン家の末子である。
 どのような理由にせよ、やはりやられたままだという事実は、心の端に引っかかっていた。
 故に彼は、良い機会だとサイトの頼みを受け入れた。

「あのときの僕のままだと思うなよ? この僕が考えた、グラモン・スペシャルを喰らわ……」
「待てぇぇぇえええええいッ!!!」

 突如広場に叫び声が響き渡った。
 何事かと声のした方向に視線を向けた二人の目に入ったのは、風にたなびく黒いマント、こちらにビシリと突きつけている杖、遠目にでも分かる丸い体型。
 すなわちその人物とは―――

「何やっているんだい、マリコルヌ?」

 ―――『風上』のマリコルヌ、その人であった。

 彼はギーシュの問いに答えず、ゆったりと、それでいて力強い歩調で、二人の傍に近づいてきた。
 そうしてサイトの目の前まで来ると、彼を見上げたままギーシュに話しかける。

「ギーシュ、ここはこの僕に譲ってもらうぞ」
「急に出てきて何を言っているんだ、マリコルヌ。大体何故こんなところに?」
「私用だ。いや、むしろ仕様だ」
「仕様って……」

 意味の分からない理由にギーシュが呆れていると、それを気にした様子もなく、マリコルヌはサイトに杖を突きつける。

「平民! ギーシュの代わりに、この『風上』のマリコルヌが相手をしてやろう! ありがたく思え!」

 いきなり出てきてそんなことを言われても、サイトはそもそもマリコルヌに見覚えがない。
 とりあえず知っているらしいギーシュに尋ねてみることにした。

「ギーシュ、こいつ誰?」
「マリコルヌだよ、君も見たことあるはずだろう? ほら、最初の授業で」
「最初の授業?」
「ルイズにヤジをとばしていた生徒さ」
「……あ〜あ〜、そういえばいたなぁ。確か『かぜっぴき』だとか……」
「僕は『風上』だ!『かぜっぴき』などと言うんじゃない!」

 サイトとのひそひそ話に割って入ってきたマリコルヌに、ギーシュは「まぁ抑えて」とでもいうかのようなジェスチャーをする。

「それでマリコルヌ、いったいどうしてサイトに喧嘩を売るような真似をしているんだ?」
「正義のためだ」

 マリコルヌの返答に、ギーシュは意味が分からないとばかりに肩をすくめる、サイトに向き直る。

「で、彼はこう言ってるが? どうするんだい?」
「いや、どうするっつったって……意味分かんねぇし……」
「何だ平民、僕と闘うのが怖いのか?」

 困惑気味に答えたサイトに、マリコルヌは馬鹿にするような笑みをうかべた。
 その声の調子に、サイトはむっとして顔を歪める。
 今更『平民』などと呼ばれても、いちいち突っかかるほど腹をたてることでもないが、こうまで挑発されると、さすがに何か思わずにはいられない。

「そこまで言うならやってやろうじゃねぇか。『風上』なんて呼ばれてるくらいなら、お前『風』の魔法を使うんだろ? 丁度よかった、相手してやるよ。―――つーわけでギーシュ、頼んどいて悪いけど、お前は今度にしてくれ」
「それは構わないが……いいのかい?」
「ああ」
「マリコルヌも?」
「僕はいっこうに構わん」

 何のキャラだ、と心の中でツッコムと、ギーシュは二人から少し離れたところに移動し、居住まいを正した。

「それじゃあサイトとマリコルヌの決闘を始めよう。勝敗は片方の降参か、僕が戦闘不能だと判断したところで止める。準備はいいね?」

 サイトはデルフリンガーを構え、マリコルヌは杖を構えながら、それぞれ頷く。
 それを確認したギーシュは、一度目を瞑ると片手を上げて、開始の合図を行う。

「では―――始め!」

 合図と共に二人は動き出す。

「デル・ウィンデ……」

 先手はマリコルヌ。
 彼は己の右手に持った杖を振り上げると、短くルーンを唱え“エア・カッター”をくり出す。
 不可視の刃がサイトに襲いかかるが、彼はまるでそれが見えているかのように僅かに横に体をそらして避けると、一歩力強く地を蹴り、マリコルヌに斬りかかった。
 一瞬にして距離を詰められたマリコルヌは目を見張ると、咄嗟に横に飛び地面を転がって、何とかそれを避ける。

 それはただの学生である者にしては見事な回避だといえたが、サイトはいとも容易く地面に転がるマリコルヌに迫った。
“ガンダールヴ”のルーンが発動しているサイトの動きは、純粋な速度なら並の兵士など比べものにならないほど速い。
 もちろん軍人でもないため、生まれてこの方まともに戦闘訓練などしたことがないマリコルヌなど、その速度についていけるはずもなく、デルフリンガーの腹の部分でまともに横っ面を叩かれ、二メイル程吹き飛ばされる。

 マリコルにはその痛みにうめき声を上げるが、このままではいけないと判断したのか“フライ”を唱えて上空に逃げた。
 軽く叩いてやればすぐに降参すると思っていたサイトは、思った以上に辛抱強いマリコルヌに感心したような顔を向けるが、すぐにふてぶてしい表情になって、上空の少年を挑発する。

「どうした、そんなところにいても、俺は倒せないぞ。まぁ下りてきても無駄だけどな。そんな太った体じゃあ俺の攻撃は避けれないし、魔法なんて唱える暇はないからな」

 意外とまともに戦えている旧友に感心していたギーシュも、サイトの言葉に密かに頷く。
 偶然かは分からないが、初めはサイトの攻撃を避けられたようだが、あの平均以上に太ったマリコルヌの体では、そうそう何度も避けることはできない。
 だからといって、ずっと空に浮かんでいても仕方がない。
 いつかは精神力も切れるだろうし、勝つためには結局地面に下りて闘わなければならないのだ。
 どうするマリコルヌ、とギーシュが考えていると、不意に空から笑い声が聞こえた。

「何笑ってんだ……?」

 その笑い声の発信源―――マリコルヌに、サイトは訝しげな視線を向ける。
 マリコルヌはその視線を受けると、にやりと口を歪めた。

「僕が太っている? ああ、そうだね、それは認める。だがそれはけっして不都合なことなんかじゃあない。僕は太っている、つまり体がとても重い。そう、重いんだ。それがいい……。
―――それが好都合なんじゃあないか(・・・・・・・・・・・・・・)

 そう言うとマリコルヌは自身の体を、まるでボールのように丸める。
 下にいる二人はその行動が理解できず、困惑の表情になるが、次の瞬間、目を驚愕に見開いた。
 なんとマリコルヌは、“フライ”で浮いた自分を操り、サイトに向かって一気に急降下させたのだった―――!

「ま、まさかマリコルヌッ!」

 それを見たギーシュが、何かに気づいたかのように叫び声を上げる。

「君はその丸っこい自分の体を―――逆に利用して(・・・・・・)ッ!?」

 万有引力などという言葉は知らないハルケギニアの人間とて、高ければ高いほど、そして物質が重ければ重いほど、その落下の速度と威力が増すことは理解している。
 同年代の平均を遥かに上回っているマリコルヌ・メタボリックは、その丸まった体勢と相まって、まるで隕石の如くサイトに襲いかかった―――!

「サ、サイトォォォッ!」

 その威力を想像したギーシュが、顔を青ざめさせて叫ぶ。





「っていうか避ければ自爆だろ?」
「ハグワッ!?」

 マリコルヌの体が襲いかかる前に、サイトはその場から二・三歩移動すると、目標を失ったマリコルヌは、必然そのまま地面に激突し、ピクリとも動かなくなった。
 ギーシュが歩み寄りマリコルヌの体をツンツンとつつくと僅かに痙攣したので、一応生きてはいるようだ。
 何ともいえない微妙な表情で、サイトとギーシュは顔を見合わせる。
 ギーシュは一度咳払いをすると、サイトの手を取りかかげた。

「あー……勝者サイト」
「嬉しくねぇなぁ……」

 心の底から空しい勝利であった。

 とりあえず地面に倒れているマリコルヌをそのままにしておけないと、彼の体を起こして、決闘を挑んできた理由を問いただしてみた。
 しばらくはふてくされたように口をつぐんでいたマリコルヌだが、根気強く聞いていくと、プルプルと震えだし、地面に両手をついて絶叫する。

「モテねぇぇぇえええんだよぉぉぉおおお!!!」

 ―――魂の叫びであった。

 マリコルヌはポツリポツリと語り出す。

「ギーシュ、お前はいいよな……モンモランシーっていう彼女がいるんだもん。でも僕は生まれてこの方、女の子と付き合ったことなんてない。だからそこの平民に決闘を挑んだんだ。ギーシュとの決闘以来、フーケの件もあって、そこの平民は地味に人気があるんだ……メイド達は言うに及ばず、なんと下級生の子たちとかにも、噂されているんだ。だから……そいつを倒せば僕も人気者になれるかなって……ちょっとは女の子から注目されるかなって……ハハッ、笑えよ……無様だろ? 女の子にモテたいからって決闘挑む貴族なんて、下らないだろ? 笑えよ! 笑えばいいだろぉ!?」
「マリコルヌ……」

 ギーシュにはかける言葉が見つからない、一応彼女がいる自分には、マリコルヌを慰める資格なんてないと思った。
 サイトはどうだろう、と思って視線を向けると、何と彼は涙を流して頷いていた。

 サイトにはマリコルヌの想いが分かる。
 マリコルヌの話した内容は意外であり、嬉しいことだったが、サイトとて生まれてこの方、女の子からモテた覚えなんてない。
 告白だってされた覚えもなければ、プレゼントなどを貰ったこともない。
 バレンタインデー、机に入っていたチョコを発見し、喜び小躍りをしていると、地味な感じの女子が近寄ってきて「ごめん、机間違えた」と言った。
 自分のハシャギっぷりが恥ずかしくて、トイレで泣いた。
 そんな思い出があるサイトだから、マリコルヌに共感ができた。

「マルコメ……マリコルヌ、この勝負―――お前の勝ちだ」

 サイトは涙を流したまま、マリコルヌの肩に手をのせそう言った。
 はっとして顔を上げたマリコルヌに、ギーシュもまた反対側の肩に手を添える。

「ああ、マリコルヌ―――君の勝ちだ」

 二人の言葉に、マリコルヌは体を震えさせた。

「ギーシュ、平民……いや、サイト。僕の勝ちだっていうのかい……?」
「ああ、お前以外勝者はいねぇよ」
「サイトの言うとおりだ。この決闘の勝者は君だ、立会人の僕が保証しよう」

 それぞれの言葉に、マリコルヌは立ち上がる。
 立派に両の足で大地を踏みしめた彼の頬には、熱い涙がつたっていた。

「僕は勝ったんだ……! 僕は、勝ったんだあああッ!!」

 両手を天に突きだし、マリコルヌは吼えた。

「おめでとう」
「おめでとう」

 両脇から沸く祝福の言葉と拍手に、マリコルヌは満面の笑みをうかべて応えた。

「ありがとう―――!」





「あ〜君たち……もう授業は始まっているんだがね……」

 いつの間にか中庭の入り口にいたコルベールが、頭痛を堪えるかのような表情で呟いた。
 もちろん今の三人に、そんな言葉は届かない。
















「アンリエッタ、元気がでてきたようね」
「はい母さま、ご心配おかけして申し訳ありません」

 ほっとした様子で声をかけてくるマリアンヌに、アンリエッタは淡く笑みをうかべて返事をする。
 まだ完全に調子を取り戻したわけではないようだが、少し前と比べれば良くなっているらしいアンリエッタに、安心したようにマリアンヌは笑いかける。

 アンリエッタが元気をなくしてから、毎日一度はこうして様子を窺いに来ているマリアンヌは、やはり幼なじみであるルイズと話をできたことは、娘に良い影響を与えていたようだと認識した。
 これならあと何度かルイズが尋ねてくれば、アンリエッタの顔から憂いの色はなくなるかもしれない。
 マリアンヌは大好きな娘に笑顔が戻ってきたことに安堵のため息をつくと、立ち上がりアンリエッタの頬に手を寄せる。

「あまり無理をしないようにね。ルイズさんもまた会いにきてくれるそうだから、何か辛いことがあったら、私かルイズさんに話してごらんなさい」
「ありがとうございます。ですが、それ程迷惑はかけられませんわ」
「私は迷惑だなんて思わないわ、ルイズさんもきっと。それじゃあ、また来るわね」

 そう言ってアンリエッタに笑いかけると、マリアンヌ部屋を出ていった。
 主一人だけとなった部屋には、静寂が降り立つ。
 アンリエッタはまるでまだそこにマリアンヌがいるかのように、しばらくの間じっと扉を見続けていたが、一つため息をつくと視線を窓の外に向け、物憂げに目を細める。

「まだ、私に覚悟があるかは分かりません。でも、もう逃げてはいられません。母さまにお手数おかけするわけにはいきませんもの」

 そう一人呟き何かを振り払うかのように首を振ると、ベッドの脇に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。





 マザリーニは一人自身の執務室で、顔を顰めている。
 彼の手にあるのは、子飼いの者が集めた情報の数々が載っている報告書の束。
 それをしばらく見つめると、疲れたようにため息をつき、軽く目頭をほぐす。

「だとすると、やはりあれらはそういうことか……」

 ただでさえ時間が足りないというのに、日に日にやらなければいけない事柄が増えていく事実に、マザリーニはため息が絶えない。
 できればあと三つくらいは自身の体が欲しいものだ、と呟くと、作業に戻る。
 そうしてただひたすら羊皮紙に何事か書き込んでいると、部屋の扉がノックされた。
 また何かやっかい事が持ち込まれたのだろうか、と嫌そうに顔を顰めつつ、入室の許可を与える。
 それを受け、一人の衛士が入ってきた。

「何事だ?」
「はっ、姫殿下が枢機卿猊下をお呼びとのことです」
「殿下が?」

 アンリエッタとはあれ以来会っていない。
 どうやらあまり食事も取らず、ずっと部屋に籠もりきりらしいとは聞いていたのだが、調子を取り戻したのだろうか、とマザリーニは首を捻る。

「殿下は何と?」
「いえ、どのようなご用件かは伺っていません。ただ枢機卿猊下に内密に話があるので、足を運んでいただけないか、とのことです」
「ふむ……分かった。すぐにお伺いするとお伝えしろ」
「はっ」

 マザリーニの伝言を聞くと、衛士はすぐに部屋を出ていった。
 遠ざかる足音を聞きながら、どのような用件なのかを考えるが、どうにも思い当たることがない。
 今更罰を与えられるとは思わないが、忙しい自分にとってあまり良いことではなさそうな予感を覚え、マザリーニは再度ため息をつくと、重そうに腰を上げた。
















 すでに日が落ちたアルビオン大陸の地平は、空に重なる二つの月の光に照らされている。
 辺りに響く音は風に揺らされざわざわと擦れる木の枝や、夜行性の鳥などの鳴き声のみであった。
 決戦を明日に備えたニューカッスルの城の周辺は、まさに嵐の前の静けさといった具合に静まりかえっている。

 今日の昼、サンダーランドに陣を構えたレコン・キスタより、王党派に対して宣戦布告がなされた。
 王党派がここニューカッスルの城に立て籠もって以来、ちょっとした小競り合いや、貴族派からのちょっかいは幾度もあったが、兵力を集めきれていない故か、彼らは大攻勢に出ることはなかった。
 しかし既に貴族派の陣には五万もの軍勢が集中している。
 王党派三百に対して過剰ともいうべきその大戦力は、明日確実にこの城を攻め滅ぼす。

 これより十数時間の後、始祖ブリミルより授けられた三本の王権の内、その一本が潰えるのだと、王党派・貴族派問わず、アルビオンに住むものたちは確信していた―――



「ほれ、差し入れだ」

 ニューカッスルの城の城門を警備している二人の衛士に、城から出てきた男が酒とパンを差し出す。
 現在内乱まっただ中の、それも王がいる城の警備にあたるには、あまりにも少なすぎる門兵であるが、もはやまともに戦をすることすら適わない王党派の戦力では、これが精一杯であった。

「ああ、ありがとう」
「今頃中ではパーティーの真っ最中か?」

 衛士の一人が礼を言いながらそれを受け取ると、もう一人が差し入れを持ってきた男に尋ねた。

「いや、まだ準備中だな。何せ最期のパーティーだ、盛大にしたいからな、準備に時間がかかる」

 明日の正午のに攻城を始める旨を貴族派から伝えられた王党派の面々は、今夜城のホールでパーティーを行う予定である。
 最後の晩餐を直前に控えるというのに、男はまるで祝賀園遊会でもひらかれるかのように笑みをうかべ、衛士の二人も彼と同じように明るい表情をつくった。

「ははっ、羨ましいな! 何で俺たちはこんなときに、城門警備の担当にあたっちまったんだか。ついてねぇなぁ?」
「まったくだ! ちくしょう! うまいもん食いてぇな!」
「な〜に、何だったら途中からこっそり紛れ込んでくればいいさ、ばれやしない。どうせ明日まで暇なんだ、陛下だってお叱りにならないだろうしな。―――とりあえず、ここで一度乾杯といくか?」

 そういって男は持ってきた三つのグラスにワインを注ぐと、そのうちの二つを衛士たちに渡す。

「よし、いっとくか!」
「それじゃ、アルビオン王国に!」
「ジェームズ陛下に!」
「誇りある敗北に!」
「「「乾杯!」」」

 そう言って三人は高らかにグラスを鳴らした。
 ワインを呷りしばらくの間、その場で小さな宴会を楽しみ言葉を交わしていると、衛士の片割れが何かを見つけたのか、不意に口を閉ざし暗闇を凝視し始めた。
 その様子にもう一人の衛士が気づき、暗闇を見ている衛士に声をかける。

「おい、どうしたんだ?」
「いや、あれ……」

 そう言って衛士が指し示す方に、残りの二人は揃って視線を向けた。
 何もない暗闇に包まれた城門前、その地面の一部がなにやら不自然にふくらんでいる。
 何事かと見ていると、そのふくらみは徐々に動き出し、少しずつこちらに近づいてくるようだった。

「お、おいおい……何だあれ?」

 衛士の一人が杖を引き抜き、それに突きつけ構える。
 残りの二人もグラスを置くと杖を抜いて、同様に警戒する。
 どうやら地中を何かが移動しているらしい。
 それも小さなものではない、おそらく人間大の生物―――ジャイアントモールか何かだろうか、と予想しつつも、三人は警戒態勢を解かずに、それの出現に備えた。
 じっとそれの動きを見つめる三人の視線の先で、それは彼らの五メイルほど手前で動きを止め、ぐっとふくらみが増したかと思うと、ついにその姿を現した。

「―――人、間か?」

 穴から出てきたのは、どうやら人の男のようであった。
 銀髪を土で汚したその男は、少しの間顔だけを穴から覗かせ辺りを窺っているかと思うと、衛士たちの存在に気づいたらしく、顔に焦りの色をうかべる。
 が、さらにその視線を衛士たちの服装や背後に向けると、打って変わって何故かほっとした表情になり、もそもそと穴から這い出てくる。
 三人がどうしたものかと棒立ちになっていると、銀髪の男は自分が出てきた穴に向かって声をかける。

「着いたようですよ、ドンピシャです」

 すると穴の中からうぞろうぞろと、さらに三人の人間が這い出てきた。

「いや、さすがに一リーグ近くも地中を移動すると、死にそうになるな」
「髪も服もどろどろですね。お風呂に入りたい……」
「ったく、何で私がこんなことしなきゃならないんだい……」
「まぁ見つかりにくいとこを移動したかったんでね、地中ならそうばれないだろうし」
「しかし息苦しいことこの上なかったですね」
「何だい、文句あるのかい? なんだったらあんただけ生き埋めにしてもいいんだよ?」
「まぁまぁ、マチルダさん落ち着いて」
「そうですよ、別にあなたに文句を言ったわけじゃありませんから。むしろこんな移動手段を考えた、アレクサンドル様に……」
「いや、お前も反論しなかっただろ?」

 穴から這い出てきた四人は、身繕いをしつつ各々勝手にしゃべり出した。
 しばらくの間その光景をポカンと見ていたアルビオン王党派の三人は、はっと我に返ると杖を突きつけて、いささかどもりながらも四人に詰問をする。

「な、何なんだ貴様等は!? 貴族派の密偵か!?」

 その問いに四人の内の一人、黒い髪の男が歩み出ると、衛士たちの目の前で止まり、懐に手を入れた。
 何か凶器の類でも出すのかと警戒心を高めた衛士等だが、男が取り出した物を見ると、その表情を訝しげに歪める。
 男が手に持っているのは、一つの書簡。

「アルビオン王党派の方々ですね? このような時間、またこのような出で立ちで参上したことを、まずお詫びいたします」

 男は一度深々と頭を下げる。
 髪も服も土でどろどろに汚れ、ところどころ解れたり血が滲んでいる箇所があり、見た目には乞食と大差ないほど見窄らしい格好ではあるが、その所作は平民のそれではないように見えた。

「私どもは、王党派の方々にある要請をしたく、トリステインよりマザリーニ枢機卿猊下の命によって参りました。どうかウェールズ皇太子殿下にお取り次ぎを願います」

 そう言ってこちらに見えるように差し出された書簡には、確かにマザリーニの官印がなされていたが、怪しさ満載の一行に、衛士たちはどうしたものかと顔を見合わせるのだった。




















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