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 王宮の正門近くにはルイズの送迎のために、一台の馬車が用意されている。
 サイトはその傍らで一頭の馬の轡に手綱を取りつけ、ルイズの到着を待っていた。
 この馬は今回王宮に来る際、馬車に同乗することが許されなかったサイトが、学院の厩から借りてきたものだ。
 ハルケギニアに来て初めて馬に乗ったサイトは、まだ片手で数えるほどしか乗馬経験がないので、これからまた2・3時間もかけて学院に戻ることを思うと、少し憂鬱になる。
 また腰を痛めることになりそうだ、とサイトがため息をはいていると、王宮の入り口から一人の男性が歩いてくるのが見えた。
 その男性―――ワルドは、サイトの姿を見つけるとほっとしたような表情になり、声をかけてきた。

「やぁ、使い魔君。まだ帰っていなくて良かったよ」
「はぁ……」

 何が良かったのか分からないサイトは、気が抜けたような返事をした。

「見送りをしようと思っていたからね、まだ出発していなくて安心した。枢機卿にちょっと怒られていたので、遅くなってしまったよ」

 いささかばつが悪い表情で頭を掻くと、馬車をのぞき込むようにして背を伸ばし、ついで辺りを軽く見回す。

「ルイズはまだ来ていないようだね」
「そうですね」

 あまりワルドと進んで話をしようとは思えないサイトは、適当に相づちを打つ。
 サイトとてワルドを嫌っているわけではない。
 むしろハルケギニアの貴族に対してあまり良い感情を持てないサイトは、ワルドのように自分を必要以上に見下さない人物は、好印象が持てる。
 気さくでちょっとキザっぽいところはあるが、それはけしてわざとらしくない。
 身近なところでいえばルイズと同級のギーシュに似ているかもしれないが、彼よりも遥かに大人で落ち着いている、できた人物。
 それがワルドに対するサイトの印象だった。

 しかしサイトはどうしてかワルドに反抗心のようなものを持ってしまう。
 それは「使い魔君」などと呼ばれていることにも一因するだろうが、それだけとは思えない。
 こちらに来てからというもの、会う人会う人サイトに対する認識はまず第一に「ルイズの使い魔の平民」だったので、いまさらそのように呼ばれたとしても、「またか」と思う程度になっている。
 けして良い印象は受けないが、その人物に対して反抗心を持つほどのことではなくなっているのだ。
 にも関わらず、サイトが反抗心を持ってしまうのは、ワルドがルイズの婚約者だと名乗ったからなのだろうか。
 サイト自身にもよく分からないが、それは確かに気に入らないことではあった。

「それで、使い魔君」
「はい?」

 サイトが手持ち無沙汰に馬の鬣を撫でていると、不意にワルドが声をかけてきたので、そちらに視線をやった。
 視線の先のワルドは、どこか面白そうに何か企んでいるような目で、サイトを見つめている。

「ちょっと付き合わないかね? ルイズが来るまで、君も暇だろう?」
「付き合うって……何にですか?」
「つまり―――これさ」

 そう言ってワルドは腰に差したレイピア型の杖を引き抜くと、軽く2・3回振ってサイトに笑いかける。
 ヒュンヒュンと風を切る音をたて杖が目の前を通りすぎたことで、サイトは少し仰け反るが、ワルドが言っていることを理解すると、ニヤリと顔を歪ませた。

「殴りっこってことですか?」
「そういうことだ。ルイズの“騎士”君の実力、少し見せてもらえないかな?」

 ワルドはそう挑発気味に言った。

 ハルケギニアに来てから一月程度だが、これまでサイトは二度、メイジと闘っている。
 一度目はギーシュ、二度目はフーケ。
 後者に関しては『破壊の杖』というファクターがあり、かつ一対一ではなかったが、サイトは左手に刻まれた使い魔のルーン―――“ガンダールヴ”の力を用いての戦闘で、未だに負けたことはない。
 だからサイトには自信があった、剣を握ったときの自分は強いという。
 故に、ワルドの言葉に乗り気で頷く。

「いいっすね」
「決まりだ。では移動しようか、さすがにここで剣をあわせるのは良くないからね」

 そう言うと、ワルドは馬車の御者に一言二言話しかけ、ルイズへの伝言を頼む。
 そしてサイトに向かって「こっちだ」と言うと、先導するように歩き出した。
 素直に後を着いてくるサイトを目の端の捉えながら笑みをうかべると、人には聞かれないような小声でワルドは呟く。

「確かめさせてもらうよ、“ガンダールヴ”」





 自分の使い魔であるサイトと、一応の婚約者であるワルドが、決闘じみたことを行おうとしているとは露知らず、ルイズは衛士に先導され、王宮内を歩いていた。
 向かう先はアンリエッタの居室。
 せっかく王宮に来たにも関わらず、アンリエッタに挨拶の一つもしないで帰るのもどうかと思ったルイズは、どうにかして会えないかと掛け合ってみた。
 アンリエッタの許可を得られるか分からないが、という返答ではあったが、とりあえず部屋までは連れて行ってもらえることになった。

 無言のままルイズはコツコツと自身の足音を聞きながら歩いていく。
 少しすると、アンリエッタの部屋が見えた。
 扉の両脇には、衛士が二人杖をたてて控えているのが見える。
 その二人はこちらに気づくと、敬礼をした。

「ゼッサール隊長!」

 二人に敬礼を止めるよう促すと、ルイズを先導していた衛士―――ゼッサールは一度彼女に視線を送ると、二人の衛士に問いかける。

「殿下はご在室か?」
「はっ! おられます! ですが今は……」

 衛士が続けようとする前に、部屋の扉が開かれた。
 中からはまず女官が進み出てくる。
 女官はゼッサールがいることに驚いた顔をすると、何か言おうと口を開きかけるが、それより先に、その女官の背後から女性の声が聞こえた。

「あら? ゼッサール隊長、どうしたのかしら?」

 そう言って女官の背後から出てきたのは、マリアンヌであった。
 マリアンヌが部屋から出ると、彼女のさらに背後の居る女官が一度扉を閉める。
 ゼッサールは彼女の姿を見ると、敬礼をして姿勢を正す。

「はっ! こちらのルイズ・ド・ラ・ヴァリエール殿が姫殿下に謁見を賜りたいとのことでしたので、手前が案内を承った次第にございます」
「ルイズ……? ああ……そうなの」

 初めは聞き慣れない名に首を捻ったマリアンヌだが、少し考えると何か思い当たったことがあったのか、一つ頷くとゼッサールの背後にいるルイズに視線を向けた。
 突然予想外の人物に会い固まってしまっていたルイズは、その視線を受けるとハッと我に返り、跪こうとするが、それより先にマリアンヌが声をかけてくる。

「ああ、いいのよ、そんなに畏まらなくて。それにしても久しぶりね、ルイズさん」
「た、太后陛下におかれましてはお変わりなく、祝着至極に存じ……」
「だから気を抜いてちょうだい、固くならずに」

 鯱張った挨拶をしようとしたルイズに、マリアンヌは肩の力をぬくように言った。
 アンリエッタと幼なじみであるルイズは、もちろんマリアンヌと何度か面識がある。
 だからといって緊張せずに対面できるほどルイズの神経は図太くなく、そう言われてもすぐに楽にできるはずもないので、ルイズは曖昧に笑みをうかべると、マリアンヌに向かって深々と頭を下げる。

「それで、今日はアンリエッタに会いに来てくれたのかしら?」

 何とか体から力を抜こうと努力している様を笑みをうかべながら見た後、マリアンヌはルイズがここにいる理由を聞いた。

「は、はいっ。ぜひ姫殿下に拝謁したく……」

 やはりまだ緊張が解けていないせいか、うまく口が回らないルイズに苦笑いをうかべると、マリアンヌは一度アンリエッタの部屋の扉を見る。
 そして少し思案気味にすると、ルイズに視線を戻した。

「そうね、あなたなら良いかもしれないわね」

 マリアンヌの言葉がよく理解できず、ルイズは首を捻る。

「いえね……最近アンリエッタに元気がなくて……」
「元気がないって……お加減を悪くされたのでしょうか?」
「そういうわけじゃないみたいだけど……」

 心配そうにため息をつくマリアンヌを見つめながら、ルイズは先日会ったばかりのアンリエッタの顔を思い出す。
 品評会を見ていたときも、部屋にお忍びで来たときも、学院を去っていくときも、アンリエッタは常に笑顔をうかべていたはずだ。
 あれからまだ数日しか経っていないというのに、その間に何かあったのだろうか、と心配になったルイズは、少しでも早くアンリエッタに会いたくなり、急くような口調でマリアンヌに話しかける。

「あ、あの! 姫さまに会ってもよろしいでしょうか!?」

 焦っているあまりか、言葉が段々と砕けてきているルイズだが、マリアンヌは気にした様子もなく首肯した。

「ええ、あなたに会えばアンリエッタの気も紛れるかもしれないわね。構わないわ」
「あ、ありがとうございます」

 そう言ってピョコンと頭を下げ、扉の方に視線を移したルイズの背に、何か思いついたかのようなマリアンヌの声がかけられる。

「ああ、そうそう。ちょっと待ってちょうだい」
「え? は、はぁ……」

 困惑気味に振り向いたルイズだが、マリアンヌは傍らの女官に何か話しかけていた。
 すると女官は恭しく、マリアンヌに羊皮紙と羽ペンを差し出す。
 いったいそれらはどこから取り出したのだろうか、とルイズが首を捻っていると、マリアンヌは羊皮紙に何事かさらさらと書き記し、軽く羽ペンを振った。
 それによって押印がなされた羊皮紙を、ルイズに差し出す。
 ルイズは怖ず怖ずと受け取りながら、それが何か分からないので、首を傾げてマリアンヌに聞く。

「あの陛下……これは?」
「許可証みたいなもの。これを見せれば、アンリエッタに会えるようにしておくわ。良ければまた尋ねてきてちょうだい。アンリエッタも喜ぶだろうから」

 そう言って笑いかけてくるマリアンヌに、ルイズは何と答えたものかと困惑する。
 そのルイズの表情を見たマリアンヌは、小さく苦笑いして口を開いた。

「ああ、別に頻繁に会いに来いと命令しているわけじゃないのよ。あなたは今学院に通っているのよね? なら休みの日にでも予定がなければ来てちょうだい、ということ。アンリエッタはあまり人に弱みを見せない子だから、いろいろと溜め込んじゃうことがあるのよ。あなたが良ければあの子の話し相手にでもなってくれると嬉しいわ」

 その言葉は、意外に強くルイズの心に響いた。
 魔法を使えない自分でも―――『ゼロ』の自分でも、敬愛するアンリエッタの役に立つことができる、こうしてマリアンヌに頼られている。
 ルイズのその考えは、彼女自身を嬉しくさせた。

「は、はいっ! 否応もございません! 光栄の至りです!」
「ありがとう。それじゃあ、お願いね」

 元気良く頷くルイズに笑いかけると、マリアンヌは女官を連れて、自分の部屋に戻っていった。
 それを見送ったルイズはアンリエッタの部屋の扉に向き直り、むんと気合いを入れると、一度深呼吸してから、扉をノックした。
















 スカボローを立ってから2日。
 現在アレク達がいる場所は、スカボローとニューカッスルの丁度真ん中あたりの宿場である、ミドルスブラの宿である。
 ここに来るまではそれほど厳しい検問を受ける場所はなかったので馬を借りて移動できていたが、これから徐々にニューカッスルに近づくに連れて、貴族派の検問所が多くなってくるので、ここからは徒歩で行くことにした。
 いくら偽装しようとも、本物の商人などと比べれば、アレク達一行の荷物やその動作などの違いは明らかであり、多少詳しく調べられるとばれてしまうため、堂々と検問所を突破することは難しい。
 この街に着いた時点ですでに辺りは暗くなり始めていたので、今日のところは明日以降に備えるため、ここで情報集めと英気を養うことにした。

「もうお戻りでしたか」

 スカボローで買った地図とアレクが睨めっこしていると、情報を集めに出ていたトマが入ってきた。
 アレクも先ほどまで街の酒場やらを回って情報を集めていたのだが、めぼしいものはあまり聞けなかったので、先に帰り取れた情報を整理しているところであった。

「お帰り、何か聞けたか?」
「まぁ耳寄りな、と言うほどでもないですが、それなりに」

 トマは地図が広がっているテーブルに近づくと、椅子を引き寄せアレクの斜め前に座り、同じように地図をのぞき込んだ。

「貴族派はサンダーランドに陣を取っているようですね。まだ兵を集めている途中のようですが、決戦時には五万程度は集まる見込みらしいです」
「五万? 内乱の激しさからいえば、もうちょっと少なくてもいい気もするけどな……今まで貴族派の損害はあまりなかったのか?」
「さぁ? 私には分かりませんが」
「まぁそうだよな……」

 悩んだところで自分が気にしても仕方がないことだと考え、アレクは話を戻す。

「にしても五万か……王党派は確か三百程度だったか?」
「ええ、そのようですね。メイジばかりではあるらしいですが」
「とはいったものの決戦が始まったら一気に押しつぶされるな、数が違いすぎる。籠城しても、一日もたないだろう? やっぱギリギリかぁ……サンダーランドに陣を取っているってことは、内陸の方をぐるりと回るのが安全だしなぁ……」

 岬の突端に城があるニューカッスルほどではないが、貴族派が陣を取っているサンダーランドも、大陸の端に位置する。
 スカボローから最短距離でいくとなると、できれば大陸の端に沿って移動したいところではあるのだが、さすがに貴族派の陣中を通って行くわけにもいかず、回り道しなくてはならない。
 王党派が籠城して時間を稼げるようならまだしも、兵数は三百対五万。
 それでは一日たりとも持ちこたえることはできなさそうだ。
 ここからは馬で移動できないことを考えると、思った以上に時間がギリギリのようであった。

 そんなことを考えていると、部屋の外からズカズカと荒々しい足音が聞こえたと思うと、扉が盛大な音をたてて開かれた。
 どうやら気が立っているらしい乱入者に、アレクは苦笑いしながら声をかけた。

「どうしたんだ? 随分荒れてるな」

 入ってきた二人の内、マチルダはその問いに答えようとせず、窓際においてある椅子にどっかりと座ると、不機嫌そうな表情のまま、むっつりと黙り込んだ。
 もう一人のリュシーは、そのマチルダの様子に苦笑いしながら、アレクに事の次第を話し出す。

「ちょっと酒場にたむろしている傭兵に絡まれまして」
「ああ、なるほど」

 おそらくセクハラじみたことでも受けたのだろう、とアレクは納得した。
 マチルダもリュシーもトライアングルクラスのメイジではあるが、どちらも目立つような杖を身につけているわけではないので、ぱっと見では年頃な平民の女性にしか見えない。
 今は簡素な服装でいるから、余計だろう。
 念のため二人で行動を共にするよう指示してはいたが、あまり意味はなかったらしい。
 むしろ、そのせいで声をかけやすくさせてしまったのかもしれない。

「うぶなネンネじゃあるまいし……」
「―――ッ!」
「トマ?」
「ごめんなさい」

 済ました顔で余計なことを言ったトマは、射殺すかのようなマチルダの視線と、目が笑っていないリュシーの笑顔を受けて、即行で頭を下げた。
 土下座するかの如き勢いだった。
 そのやり取りを苦笑いをうかべながら見ていたアレクは、リュシーに顔を向けると、仕切り直すかのようにどんな情報を得られたのか聞く。

「それで、何か情報は手に入ったか?」
「ああ……ええ、はい」

 リュシーは頷くと、トマの後ろを通り、彼とは逆側のアレクの傍に座る。
 彼女の意識が自分から逸れたことに、トマは静かに安堵の息をついたが、後ろを通り過ぎる際囁かれた「後で裏にいらっしゃい」という呟きに、顔を青くした。
 トマの顔色の変化にアレクは首を傾げるが、リュシーはそしらぬ顔で報告をする。

「どうにも妙なことなのですが……どうやら貴族派に、オーク鬼やトロール鬼といった亜人が参加しているようです」
「亜人が?」
「はい」

 比較的生息域の広いオーク鬼はともかく、トロール鬼はアルビオン北部の高地地方(ハイランド)に生息する亜人であり、ここらでウロチョロしているような存在ではない。
 亜人は人間同士の争いなどには興味ないはずだが、もともと戦意は旺盛であるし、基本的に人間を嫌っているため、好機とばかりに紛れ込んだのだろうか。
 しかし数頭ならともかく、リュシーが聞いたところによると、相当数が参加しているらしい。
 人間にも亜人の言葉を喋れる者はいるが、亜人たちが交渉事などするはずもなく、どうやってそれほどの数をそろえたのかが分からない。

 第一、亜人は人間のいうことなど聞かないので、軍に組み込むのはあまり賢い選択とはいえない。
 あまり連携が取れていない貴族派としては、軍の統率を乱すような要因を取り入れるのは、歓迎すべきことではないはずだ。
 にもかかわらず亜人が参加しているということは、それらのデメリットを差し引いても、頭数を揃える方がメリットがあると考えたのか、その他に理由があるのか―――

「―――とまぁ、それは置いといて、だな……」

 貴族派が亜人を取り込んだ方法や理由などを考えるのは、トリステインに帰りそのことを報告して、マザリーニなどの官僚たちに任せればいい。
 現状アレクが悩むべきことは、亜人たちの存在によって、ニューカッスルまでの道のりが、さらに困難になったので、それに対してどう対処するべきかということだ。
 もともと人の目につかない森などをぬけて向かうつもりだったので、その道中、野生のオーク鬼などに遭遇する危険性はあった。
 だが、亜人が貴族派に取り込まれ、もし統率の取れた組織だった行動をしているなら、ただ野生の群と遭遇するよりやっかいなことになる。

 まず亜人は、普通の人間よりも感覚が優れている。
 普通暗闇の森の中を進んでいれば、一部のメイジを除き自分たちの存在を感づかれることはそうない。
 しかし視覚・聴覚・嗅覚が優れている亜人が加わっているとなれば、より一層感づかれることに気をつけなければ、あっさりと見つかってしまう可能性がある。
 加えて亜人の生命力や胆力は人間の何倍もあるので、相手が何かしらの行動を起こす前に、簡単に無力化することができない。
 そうすると、一度見つかってしまえばアウト、ということになってしまうかもしれない。

「となると、さらに迂回しなきゃいけないことになるのか……」

 亜人が配備されているとなると、今まで道のりとして予定していた人のいないだろう場所も、警戒されている可能性がある。
 アレクは腕を組んでしばらく悩むと、トマとリュシーに一度ずつ視線を向ける。

「―――いっそのこと、危険を承知で最短ルートを行くか?」
「と、言いますと……陣中を突っ切るんですか?」
「やっぱ無謀か?」

 アレクの言葉を受け取ったトマは、頭を掻いて困ったような顔になった。
 ニューカッスルに向かうのに、さすがに予定以上に時間をかけることになると、決戦までに間に合わない可能性が非常に高くなってくる。
 たとえ生きて帰れたとしても、トリステインに戻ってマザリーニに「任務失敗しました」などと報告すれば、有無を言わさず殺されそうな気がする。
 マザリーニもある種尋常ではない人物なので、基本的には相手の身分出自を問わず、与えられた役割をこなせば報賞を与え、こなせなければ罰を与える人なのだ。
 もちろん対象者に例外はあるが、アレク達がその例外にあたるとは、自分たちでも思えなかった。
 ならばいっそのこと危険性は高いが、わずかな可能性にかけても、間に合う道筋を選ぶべきだろうか、とアレクは考えた。

「う〜ん……ですが、やはり当初の道筋で向かうのが良いと思いますね」

 しばらく黙って考えていたトマが、地図を指しながら口を開く。

「大きく迂回すると間に合わない、かといって陣中を堂々突破するのはリスクが高すぎます。だとすると、亜人の存在を無視するわけではないですが、貴族派の予想警戒範囲ギリギリを抜けるように向かうのがベターではないでしょうか?」
「やっぱそれが良いかな……リュシーは?」
「そうですね、私もそうした方が良いかと」

 ついでマチルダにも問おうとするが、彼女はこちらを見ていなかった。
 しかし話を聞いていなかったわけではないようなので、とくに異論があるわけではないようだ。
 少なくとも自分たちよりも土地勘のあるマチルダが口を挟まないということは、やはりそのルートで向かうのが無難なのだろう。
 そう判断したアレクは、一度姿勢を正してから、心持ち身を乗り出すようにして、口を開く。

「んじゃ、それでいくか。もう少し煮詰めてみよう」
「はい」
「ええ」





 あの後多少話し込んで今後の進路を決定した後、四人は男女に分かれて取った部屋に入り、寝ることにした。
 明日以降はより一層疲れるだろうことは予想されるので、いつまでも起きてはいられないと思ったアレクは、早々にベッドに入ったのだが、どうにも寝付けなかった。
 アルビオンに来てからというものの、どうにも誰かに見られている気もするので、神経が過敏になっているのかもしれない。
 柄にもなく緊張しているのだろうか、と考えたアレクは、意外にか細かったらしい自分の神経に苦笑いすると、ベッドを抜けだし階下に向かう。
 この宿は酒場と兼ねて経営しているので、一階には泊まり客以外も入るスペースがある。
 厨房も簡単に入れるような場所にあるので、寝酒でもチョロまかそう思い、アレクは階段を降りた。

 一階に着くと、そこには20人程度は入れるだろうスペースが存在していた。
 つい数時間前までは傭兵や商人たちでごった返していたはずの場所は、すでに店員たちも引き上げたらしく、人の気配はない。
 窓からうっすらと差し込む月明かりを頼りに、厨房があるはずの方向に足を向けると、ホールの方で物音がした。
 山賊でも忍び込んだかと、アレクは気持ち身構えるようにして、音のした方向に目を凝らす。
 すると、どうやら人が座っていたらしく、向こうも立ち上がりこちらを警戒しているようであった。
 互いに警戒しつつゆっくりと近寄ると、相手の顔が月明かりに照らされた。
 片手を突き出すようにして、じりじりとこちらに近づいてきている人物は―――

「マチルダ?」

 ―――マチルダであった。

 その声でマチルダもアレクだと分かったようで、軽く舌打ちすると、片手に持っていた杖をしまい、先ほどまで自分が腰掛けていた椅子に再度座り込む。
 すでに部屋に引っ込んだはずの彼女が何故ここにいるか分からないアレクは、マチルダに歩み寄り声をかけた。

「どうしてこんなところにいるんだ?」

 その問いにマチルダはアレクから目線を外し、気のない様子で返す。

「別に、理由なんてないさ。しいて言うなら、できる限りアンタたちと一緒にいたくないだけだ」

 相変わらずの嫌われように、アレクは何とも言えず、ただ肩をすくめた。
 マチルダは机に頬杖をつくと、アレクに視線を向けないまま、ひらひらと手を振る。

「分かったらさっさと戻りな、坊ちゃん」

 半ば挑発するような口調であった。
 何だかそういった類の呼ばれ方をされるのは久しぶりだな、と変な感慨をうかべつつ、アレクはここに来た目的を思い出し、厨房に足を向ける。
 突然厨房に入ったかと思えば、中で何やら探し物をしているらしいアレクに、マチルダは訝しげに眉を寄せた顔を向けるが、姿は見えなかった。
 しばらくごそごそといった音が聞こえたが、不意にピタリと音が止み、厨房からアレクの喜色を含んだ声が聞こえる。

「おお、あったあった」

 そう言って出てきたアレクの手には、ワインの瓶が握られていた。
 遠目でしかも辺りが暗いため、細かいところまで見ることはできなかったが、その形からアレクが持っている物に当たりをつけたマチルダは、呆れたような馬鹿にしたような声を出す。

「はっ、貴族様が盗人の真似事かい?」
「まぁ寝酒に一本くらいは、始祖ブリミルもお許しになるだろうさ」

 お世辞にも信心深いとはいえないけど、と心の中で付け足したアレクは、ワインを掲げてマチルダに声をかける。

「マチルダも飲むか?」
「貴族なんかに恵んでもらうなんて、ごめんだね―――と、普段なら言うとこだけど、酒に罪はない。よこしな」
「お前素晴らしいな」

 アレクは嬉しそうに頷くと、グラスを二つ持って、マチルダが座っている席に向かう。
 彼女の正面に座ると、グラスにワインを注ぎ、片方をマチルダに差し出す。
 グラスを持った二人はまず香りを嗅ごうと鼻先を近づけ―――同時に微妙な表情になった。
 何となく分かっていたとはいえ、やっぱり駄目かと思いながら、アレクはワインを口にふくませる。

「まずい」
「だよなぁ……」

 とりあえず飲んでみたらしいマチルダが、心なしかアレクを睨み付けるようにしながら発した一言に、彼も同調した。
 どうやら開けてからある程度経っていた物らしく、お世辞にもうまいとはいえなかった。
 物によってはしばらく空気に触れさせたほうが良い物もあるが、これは違ったらしい。

「まぁ厨房に置いてあったやつだからな、残り物か何かだろうさ」
「そんなやつ飲もうとするんじゃないよ」
「一応害がないかは調べたぞ? さすがにワインセラーに忍び込む気はないからな、我慢してくれ。まぁ飲めないほどじゃないだろう」

 そう言ってアレクはグラスを空ける。
 マチルダは不機嫌そうな表情であったが、別段文句を言うわけでもなく、その後はしばらく無言で飲んでいた。

「マチルダは、逃げようとはしないんだな」

 不意にポツリと呟いたアレクの言葉に、マチルダは険のある目つきで口を開いた。

「どの口でそんなことが言えるんだい。自分たちで私の自由を封じたんだろう? もしかして、その年でボケてるのかい?」

 自分の首をトントンと叩きながら、マチルダは馬鹿にするような目つきでアレクを見た。

「お前が逃亡したところで、“ギアス”が発動するかは分からないけどな。リュシーもそんなことは言ってなかっただろ?」
「あの女は本当のことを包み隠さず言うような奴じゃないだろう? 前に聞いた発動条件すら、怪しいもんだ。私は貴族やそれに従う者は簡単に信用しない。命の危険がある以上、いたずらに事を起こすつもりはないさ。死にたくないからね」
「もっともだな」

 そう相づちを打ってワインを飲むアレクを、マチルダは胡散臭い者を見るような目つきで見た。

「どういったつもりでそんなことを言い出したかは知らないけどね、私に逃げてほしいなら、アンタら全員が死ねばいいさ。さすがに術者が死ねば“ギアス”も解けるだろうしね。私はその後、悠々と逃げさせてもらうよ」
「お前を逃がすつもりはないけど。普通に考えたら、俺達が死ぬときはお前も死んでそうだな。まぁ何にせよ死ぬつもりはない。俺は将来片田舎で孫に囲まれながら、寿命で死ぬのが夢なんだ」
「死亡フラグだね」
「やかましい」

 何でそんな言葉知ってるんだ、とアレクは呟きながら、グラスのワインを飲み干すと、立ち上がった。

「この任務を成功させれば、お前にも多少は報賞が与えられるだろう。猊下はそういう方だからな。その後どうなるのかは分からないが、今回は協力してもらうぞ」
「自分の身に危険が及ばない程度にはするさ、死にたくないからね」
「まぁもっともだ」

 そう言うと、アレクは階段に向かって足を進めた。
 階段の手前まで行くと、アレクは不意に足を止め、マチルダに向き直る。

「お前の自由を奪ったことは、謝罪しないぞ」
「そんなことをするつもりだったら、たとえ“ギアス”をかけられてても、私はアンタらを殺すよ」
「それも―――もっともだ」

 頷いて「おやすみ」と声をかけてから階段を上っていくアレクを一顧だにせず、マチルダはワイングラスを傾ける。
 味わいも薄れ温くなっているそれに顔を顰めると、グラスを置き、テーブルに肘をついた。
 しばらくそのままの姿勢で微動だにせず、マチルダは窓の外を眺めていた。
 空の月は寄り添うように並んでいる。
 数日後には“スヴェル”の月夜だ。
 マチルダは歯を噛みしめながら、赤と青の月を睨み付けた。

「まだ、死ぬわけにはいかない……」

 ―――ティファニア。

 マチルダの呟きは、誰に届くこともなく、夜の闇に吸い込まれる。
 空に浮かぶ月は、トリステインにいたときより、心なしか近くに見えた。




















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