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 ワルドの乱入の後、マザリーニは部下の不躾な行いを詫び、その日の会談を打ち切った。
 明日あらためて、と言ったマザリーニは、ヴァリエール夫妻とルイズに、こちらに留まってもらうように頼むと、3人の部屋を用意するように指示し、ワルドに目配せをしてから出ていった。
 現在ヴァリエール公爵は用意された部屋にて、妻のカリーヌとともに食後のワインを飲みながら、ゆったりとしている。

「鳥の骨め、良い気味だったな」

 公爵は疲れたようにため息をはいていたマザリーニの顔を思い出すと、楽しそうにニヤニヤ笑い、グラスを傾けてワインを口に含む。
 その姿にカリーヌは眉を寄せた。

「まぁ何ということを仰るんですか。噂好きの宮廷に住む小鳥たちに聞かれたら、またピーチクパーチクうるさいですよ?」
「ふん、いくらでも聞かせてやればいい。どれ、明日にでもワルドのことを誉めてやることにするか」

 大人げない夫の言葉に、カリーヌはため息をついた。
 ついで思案気な表情になると、公爵に声をかける。

「しかし、よろしかったのですか?」
「うん? 何がだ?」

 空になったグラスをサイドテーブルにおくと、公爵は顔をカリーヌに向けて首を傾げる。

「ルイズの婚約のことです」
「それはゲルマニアとの同盟に支障をきたすことか? それともワルドとの婚約話についてか?」
「どちらも。枢機卿はルイズを皇帝に嫁がせることで、同盟を組もうとしたのでしょう? しかしあれではそれもままならない。同盟の締結を妨げるのは、あまり喜ばしいとは思えませんが」

 その言葉に公爵は面白くなさそうに鼻をならす。

「ではお前はルイズを嫁がせるべきだと言いたいのか?」
「そうは言いません。しかし現状ゲルマニアとの同盟は必要なものでしょう?」
「ふん、ルイズを嫁がせることができなくなったくらいで、同盟政策がなくなるわけがない」

 カリーヌは首を傾げた。

「と、言いますと?」
「ゲルマニア皇帝が求めているのは、別にルイズというわけではない、ということだ。必要ないこととは言わんが、精々おまけだろう。本命は何か別にあるのだろうさ」
「それは?」
「そこまでは知らん。おそらく初めは、殿下に持ちかけたのだろうな。皇帝の権威を増すには、始祖の血を引く直系の王族を嫁がせるのが一番手っ取り早い」

 そう言うと、公爵は自らの手でワインを注ぐ。
 手酌で飲む貴族らしからぬ行いにカリーヌは顔を顰め、夫の手からワインを取ると、彼女が公爵のグラスに注いでいった。

「おっと、済まないな」
「いいえ。それで……では何故枢機卿は、そうなさらなかったのですか?」

 入れたばかりのワインを一口飲むと、公爵はまた楽しそうに笑う。

「大方、太后陛下に止められたのだろう。あのお方が殿下をゲルマニアに嫁がせるなど、お許しになるはずがないからな。ああ、できればそのときの顔を見てみたかったものだ」

 断られたときのマザリーニの顔を想像して、公爵はさらに笑みを深めた。
 同じ親馬鹿故だろうか、公爵はある意味マザリーニ以上にマリアンヌの考えが分かるようだ。
 もう少し取り繕うことはできないのだろうか、とカリーヌがあきれ顔になると、公爵は咳払いをして続ける。

「まぁマザリーニがルイズに固執する理由はない。他の候補もいるだろうから、そう慌てる心配はないだろう。もっとも有力貴族の令嬢である必要はあるだろうから、多少苦労するかもしれんが」

 力のある貴族ほどわがままになるものだ。
 トリステイン貴族にとっては、ゲルマニアは『成り上がり』に過ぎないので、余程金や地位がない貴族でない限り、自分の娘を喜んで嫁がせることなどない。
 カリーヌ自身が魔法衛士隊の隊長を務めていた時期には、まだマザリーニはトリステインにいなかったので、彼とはあくまで公爵夫人としてしか関係を持ったことはないが、彼女はこれからも苦労するだろう男を、わずかに気の毒に思った。
 と、そんなことを考えていると、彼女の頭にさらに疑問がわいてくる。

「では何故枢機卿はわざわざあなたやルイズを呼んだのですか?」

 今の話を聞いているとカリーヌには、マザリーニは公爵にこの話を断られることを予想していたようにも思えた。
 他にも候補がいるのなら、わざわざヴァリエール公爵の不評を買うような真似をする必要がないのではないか。
 そう問いかける妻に、公爵は先ほどまで顔にうかべていた喜色を消すと、またも不機嫌そうになる。

「来るべきアルビオンとの争いに備え、今の内にわしの手綱をある程度とっておきたかったのだろうよ」
「手綱を?」
「ルイズを嫁がせろ、それを断るならば―――ということだ」

 小国ならば個で充分渡り合えるほどの力を持ったヴァリエール公爵家は、マザリーニにとって目の上のたんこぶ、というほどでもないが、なかなかやっかいな存在といえる。
 すでに公爵は軍務を退いているし、現在は変わって兵を率いる世継ぎもいない。
 そのためもし戦争が起こっても、公爵は積極的には出兵しようとはしないだろう。
 そこでマザリーニが考えたのが、ルイズの婚姻。

 どちらもそれほど無茶なものではなく、それなりの正当性を持った要求。
 いくらヴァリエール家がトリステインで有数の力を持った家だといっても、マザリーニの要求を立て続けに断るなどしたら、さすがに悪印象を持たれるのは避けられない。
 その悪印象がマザリーニ個人だけなのならばいいが、確実に他の貴族からも少なからず糾弾をくらうだろう。
 だが、ワルドがルイズを己の婚約者だとした以上、その心配も薄れる。

「では本当にワルドと婚約を結ばせるのですか?」
「今は形だけでも構わん。『婚約を結んでいる』という事実さえあれば、それで事が足りるからな」

 近衛の隊長といえば、格はそれこそ元帥にも匹敵する。
 その婚約者であるという事実を無視して、政略結婚などさせることができるほど、ワルドの地位は安くない。
 ルイズでなければいけないという理由がない以上、ルイズがゲルマニアに嫁がせられることはないだろう。

「とりあえず婚約したということで、実際に結婚するかどうかはルイズの意志に任せる。幸いにして、エレオノールとバーガンディ伯の婚約も済んだところだ。家の跡継ぎなど気にせず、ルイズの好きにさせたらいいだろう」
「エレオノールが順調にいくかはまだ分かりませんが」
「そ、それは、まぁ……娘を信じろ……」

 娘に辛辣な言葉をはく妻を叱責したいところではあるが、如何せんこれまでのことを考えると、公爵も強気に出ることはできず、少々口を濁らす。

「なに! もしエレオノールの婚約が破棄されたとしても、そのときはワルドを世継ぎとすればいいだろう。魔法衛士隊の隊長ならば、わしもそれほど文句はない」
「母としては娘の経歴に傷がつくのは避けたいのですが」
「ルイズに関しては、あちらから持ちかけたものだ。もし破棄することになっても、それほど気にすることはない。エレオノールは今更だろう。両方駄目になったとしても、いつもの通りに戻るだけだ。わしとしては娘を嫁にいかせることがなくなるので、むしろ望ましい」

 幸いにして婚約を望んでいるのはワルドだ。
 公爵側から持ちかけた話を、一方的にこちらの都合で破棄するのに比べれば、相手側から持ちかけられた話を破棄する分には、まだ世間体は良い。
 しかしエレオノールにはまるで父とは思えない発言である。
 最後の言いようはただの親馬鹿であった。

 そんなことを離していると、部屋の扉がノックされた。
 二人きりで話をするために、侍従たちに離れておくように言っているので、今部屋の中にいるのは公爵夫妻の二人だけである。
 なのでカリーヌがそれにこたえ、立ち上がると扉を開けに行った。

「ルイズ、いらっしゃい」

 扉を開けると、そこにいたのはルイズであった。
 両親と一緒に食事を取ったルイズだが、そのときはまともに話ができなかったので、少ししてから尋ねてくるようにと公爵に言われたため、こうして来たのだった。
 魔法学院の制服のまま、ルイズはいささかもじもじとした態度で、一人佇んでいる。

「あ、母さま……お久しぶりです」
「ええ、久しぶり。さぁ中に入りなさい。お父さまもお待ちですよ」

 ルイズはなんと挨拶をしたものか少し悩んだが、母と会ったのはしばらくぶりのことだったので、あらためて「久しぶり」と言った。
 カリーヌも同じように応えると、扉を大きく開けて娘を促す。
 母にペコリとお辞儀をすると、ルイズはしずしずと中に入っていった。

「おお、ルイズ。よく来たな、さぁこちらにおいで」

 末娘の姿を見て取った公爵は、笑顔をうかべると、両手を広げて歓迎の意を表した。
 嬉しそうな父の表情に、ルイズもつられて笑顔になると、公爵の元に歩み寄る。

「お久しぶりです、父さま」
「ああ、久しぶりだな、ルイズ。さぁ久々に会った父親に接吻しておくれ」

 言われたように公爵の頬に口づけすると、ルイズは不安そうな表情で問いかけた。

「あの、父さま。何故私は呼ばれたのですか?」
「うん、そうだな……ルイズ、お前は何と言われてここに来たんだね?」
「えっと……分かりません。急に学院長に呼ばれて、そしたらモット伯……勅使の方がおられたので。それで急いでいるからって」
「ああ、そうか」

 公爵はルイズの話を聞いて、内心でマザリーニに文句を言う。
 顔を顰めた公爵に、自分は何かまずいことを言ってしまったのだろうかと、ルイズは動揺した。

「あの、父さま?」
「ん? ああ、いいんだ。そのことについてはもう済んだ。明日には学院に帰りなさい」
「え? でも……」
「構わない。枢機卿には、わしから言っておく」

 それで、と公爵は半ば無理矢理話を変えた。

「わしの用件はだな」
「あ、はい」

 ルイズは戸惑い気味に頷いた。

「ルイズ、ワルドと婚約しなさい」
「―――え?」

 父の突然の言葉にルイズは困惑する。
 何故父の口からそんな話が出てくるのだろうか、もしかしたら今日呼ばれたのはそのためだったのだろうか。
 ルイズ頭に様々な考えが駆けめぐる。

「幼い頃にワルドの父親とわしの間で口約束はしていたが、結局正式なものは結んでいなかったな。これは良い機会だ」
「で、でも……」
「なに、すぐに結婚しろとは言わない。あくまで婚約だ。気が済むまで考えて、嫌になったら断ってもよい。お前も、もう16になる。婚約者の一人くらいいてもおかしくはないだろう」

 ルイズは頭の中を整理できずに、ただ公爵の話を聞く。

「深く考える必要はない。形だけでも構わんのだ。なに、これも一つの経験だと思えばいい」

 確かにルイズにとってもけして悪い話ではない。
 むしろ、どこか自分を卑下し続けているルイズにとっては、ワルドは婚約者としては充分を通り過ぎて、分不相応に感じるくらいだ。
 それはあの日、ワルドに結婚を申し込まれたときから感じていたことだった。
 しかしルイズはそういう意味ではなく、違う感情で踏ん切りがつかなかった。

「でも、でも……」
「どうして嫌がるんだね? もしかしたら思い人でもいるのか?」
「え?」

 その言葉に、ルイズの脳裏にはとっさに己の使い魔の少年の顔がうかんだ。
 何故その顔がうかんだか分からないルイズは取り乱し、慌ててぶんぶんと顔を振って否定する。

「い、いいいいい、いません! そ、そんなのいないもの!」
「そ、そうか? 分かった、分かったから落ち着け」
「―――ッ! ご、ごめんなさい」

 いきなりテンションがあがった娘に公爵は目を丸くした。
 ついで落ち着くように言うと、ルイズは我に返り、顔を真っ赤にして頭を下げた。
 公爵は一つ咳払いして気を落ち着かせると、あらためて真剣な表情に戻り続ける。

「それなら構わないな?」
「父さま、でも……」
「ワルドにはわしから言っておく。構える必要はない、お前はいつも通りに学院生活を送ればいい。分かったね?」

 決まったことのように言う公爵に、ルイズは反論することができず、躊躇いがちに首を縦に振った。





 そのころサイトは。

「トリスタニア」
「アッガイ」
「硫黄」
「宇宙用高機動試験型ザク」
「クルデンホルフ」
「フルガードザク」
「クヴァーシル」
「ルドルフ専用グフイグナイテッド」
「…………相棒」
「何だよ?」
「俺には相棒が何を言ってるのか分からねぇよ」

 暇すぎて、デルフリンガーとしりとりをしていた。
















 朝一番にラ・ロシェールの街を飛び立った船は、その日の太陽が完全に沈み込む前に、アルビオンの間近に迫った。
 前後左右どころか上下すらも闇に包まれ始める航路を、スカボローの港から出港した灯船が、船上に高く灯火を掲げながら碇置する。
 斜め上空に向かって道をつくる煌々と輝く明かりを、アレクは船の甲板でぼんやりと見つめていた。

「どうやら着いたようですね」

 後ろからかけられた声に、少々驚きつつも慌てずに振り向く。
 視線の先には船室に続く扉から出てきたトマが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
 アレクは彼が自分の横まで来るのを待つと、船の針路方向に向き直ってから口を開く。

「ああ、あと一時間もしないうちに、スカボローの港に着くな」
「あれがアルビオンですか。私は初めて見たのですが、話しに聞いていたとおり、すごいものですね。できれば日が高いうちに見たかったですけど」
「確かに」

 トマの言葉に、アレクは首を縦に振った。
 二人が揃って視線を向ける先には、空に浮かんだ強大な大陸があった。
 雲の切れ間から覗く黒々とした陸地、その上には山々が連なり、表面を流れる河は陸地の端から宙に向かって滝のように落ちている。

 ハルケギニアの西の海上、その上空何千メイルもの高さを回遊するアルビオン大陸は、通称『白の国』と呼ばれている。
 そう呼ばれる理由は、大陸の下半分を包み込む白い霧。
 アルビオン大陸に流れる河は、大陸が空に浮かんでいるために海には流れ出さず、端まで来るとそのまま空に落ち込んでいく。
 その水が霧となり大陸の下を包み込み、そして雲となってハルケギニアに雨を降らす。
 トマが残念だと言ったのは、日が隠れてしまっているため霧は薄暗い青に染まっているので、『白の国』たる由縁が見られないせいだろう。
 しかしアレクはこれはこれで幻想的だな、と感じ、少しの間その光景を見続けていた。

「一度船室に戻るか」

 風景を眺めるのに満足したのか、アレクは隣で同じようにアルビオンを眺めていたトマに声をかける。
 トマが頷いた後、もう一度だけアルビオンに目を向けると、二人は船室に足を向けた。

「―――ん?」

 視界の端に何か掠めた気がしたアレクは、扉の前で立ち止まり、ぐるりと甲板を見回す。
 しかし目にはいるのは停船用意をし始めている船員たちのみで、とくに変わったものはなかった。
 降りてこないアレクを訝しく思ったのか、先に扉の向こうにある階段を下り始めていたトマが、立ち止まって振り向き、声をかけてくる。

「いかがなさいました?」
「ああ、いや……」

 再度甲板を見るが、やはりおかしなものはなかった。

「何でもない、降りよう」

 アレクはそう言うと甲板から視線を外し、扉の中に入っていった。
 船室には二人の女性が、微妙な距離をおいて備え付けの椅子に座っていた。
 そのうちの一人―――リュシーが、降りてきたアレクとトマに気づくと、立ち上がって出迎える。

「着いたのですか?」
「ああ、もうすぐ着く。そろそろ降りる準備をしておいてくれ」

 首を傾げながら問うリュシーに答えると、アレクはもう一人の人物に声をかける。

「マチルダ」

 そう呼ばれた女性は、今までふてくされれたように反らしていた顔をアレクに向け、憎々しげに睨み付けながら口を開いた。

貴族(アンタ)がその名で呼ぶんじゃないよ……!」

 まるで射殺さんばかりに突き刺さる視線を向けながらそう言うマチルダに、アレクは肩をすくめた。
 予想以上の嫌われ具合に、アレクはどうしたものかな、と考える。
 トマとリュシーの対しても、けして友好的な態度を見せないマチルダだが、とりわけ貴族であるアレクに対してははっきりと敵意を見せてくる。
 自身に“ギアス”がかけられているという自覚がある以上、こちらを裏切る行動をとるとは思わない――というよりリュシーが言うには、敵対行動をとった時点で自決するようにかけてあるとのこと――が、こうまで敵視されていると、今後の行動に支障をきたすかもしれない。

 アレクは昨日トマとリュシーから、尋問――普通に問いつめたのではなく、水魔法で操って喋らせた――で得られたマチルダの情報を思い出す。
 本名マチルダ・オブ・サウスゴータ、通称『土くれ』のフーケ。
 四年前のお家取り潰し後、野に下り盗賊稼業に身をやつす。
 しばらくはアルビオンでの活動を主としていたが、ここ一年程はトリステインで貴族を相手にまるでおちょくるような行動をして世間を騒がせ、先日ルイズたちの手によって捕らえられた。

 貴族を標的にしたのや目の敵にしているのはその過去も分かる。
 盗賊をしていた理由は現在保護している孤児などを養うためであるらしい。
 その孤児はどこに住んでいるのか、どういう身の上なのか、また四年前の取り潰しのこと、それにモード大公の死亡がどう関わっているのかなどは、余程心を固く閉ざしているのか、自白させることはできなかった。
 いくら魔法で操っても、効果は精々強力な催眠術程度なので、かけられた当人―――それも一流のメイジが必死に抵抗すれば、さすがにできることは限られてくるのだ。
 時間をかければ可能かもしれないが、現在はその時間がないので、先送りとなっている。

 上からすればその部分の情報に重要性があるのだろうが、分からなくともアレクにとってはそれほど気にするものではない。
 問題は今このような態度をとられるのは少し困ることだ。
 質問一つする度に、こうして無駄な時間をとられるのは勘弁してほしい。
 アレクがそう悩み首を捻っていると、いつの間にかマチルダの後ろに回り込んでいたリュシーが、耳に息を吹きかけるかのように囁きかける。

「もう、マチルダさんったら……まだそんなこと言っているんですか?」
「うひゃいっ!?」

 リュシーの接近に気づいていなかったのか、マチルダは体をビクリと震わせ奇声をあげた。
 その反応に頓着せず、むしろ楽しそうに笑うと、リュシーはマチルダの体に自身の腕を巻き付け、さらに顔を近づけると、後ろから顔をのぞき込むようにして続けた。

「あれほど失礼な態度はとらないように、って言ったのに。―――これは、また教えなきゃならないみたいですねぇ」
「わ、わわわ分かった! 分かったからッ!」
「何が分かったんです?」
「もう余計なことは言わないよッ! 言わないから離しておくれッ!!」

 顔を赤くしたり青くしたりと忙しいマチルダの反応を一通り楽しむと、「それならいいです」と頷き、リュシーは彼女の体を離した。
 アレクがそんな二人のやり取りを若干引きながら見ていると、トマが近寄り耳打ちをする。

「マチルダの尋問もリュシーがしたんですがね、どうも苦手意識を持ったみたいで」
「……そのときからあんな調子だったのか?」
「ええ、とても楽しそうにしていました。もう、なんというか……ノリノリで」
「そ、そうか……」

 顔を引きつらせながら言うトマに、同じように顔を引きつらせながらアレクはこたえる。
 無理もない、と思いつつ、床に手をつき必死に呼吸を整えているマチルダに、アレクは密かに「ガンバ」と声援を送っておく。
 マチルダが落ち着くまで少し待ち、彼女に椅子に座るよう指示すると、気を取り直して先ほど聞こうとしていたことを尋ねる。

「それでマチルダ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん……あ、ああ。なんだい?」

 マチルダは思わず反射的に反抗的な態度をとってしまいそうになるが、アレクの後ろにいるリュシーの姿を捉えると、ぐっと声を詰まらせてから応えた。

「スカボローの港から、王党派が陣を取っているニューカッスルの城まで、どれくらいかかる?」
「そう、だねぇ……早馬なら一日かからないんじゃないかい? 馬車で普通に行っても三日程度だろうね」
「そうなると、結構ギリギリかなぁ……」

 事前に仕入れた情報だと、現在貴族派はニューカッスルの城から数リーグ離れたところに陣を取り、決戦にむけて兵力を集めているところらしい。
 その情報を仕入れてから数日経っているので、すでにある程度の兵力は揃いつつあると見るべきだ。
 戦いが始まるまでは、多めに見ても一週間程度といったところだろうか。
 下手をすると、明日明後日に始まってしまってもおかしくはない。
 さすがに開戦を遅らせることなどできないので、アレクが考えるべきは、いかに早くニューカッスルの城に辿り着くか。
 現時点での情報では、ニューカッスルまでの道のりなど詳しく想像できるほどではないので、アレクはそのあたりの情報をさらにマチルダに問おうとする。

「―――っと」

 不意にガクンと船が揺らいだので、椅子に座っていない3人はたたらを踏み、座っているマチルダもわずかに体勢を崩した。
 何事かと考えていると、船室のドアがノックされる。
 一番扉の近くにいるトマが歩み寄り開けると、そこから船員の一人が顔をのぞかせた。

「お客さん、港に着いたよ。降りる準備をしな」

 そう言うと、その船員は顔を引っ込め甲板に上がっていった。
 どうやら港に停泊したので船が揺れただけのようだ。
 ともかく着いたということなので、アレクは3人に指示を出す。

「んじゃまぁ、降りるとするか。それほど詳しい検問は受けないと思うけど、ヤバイもんは隠すように」

 現在アルビオンは内戦中のため、その需要を狙っている傭兵や商人の出入りが激しい。
 アレク等はそれに混じってこっそりと入国するつもりだ。
 自分の荷物を持ったアレクに、トマが近寄ってくる。

「降りた後はどうするつもりです? すぐにニューカッスルに向かいますか?」
「いや、出発は明日の朝にしようか。着いてすぐに向かおうとすると、さすがに目立つだろう? 今日は宿をとって、少し情報を集めよう」
「間に合うんですか?」

 トマの懸念はもっともだ、というように、アレクは一度頷く。

「まぁ心配といえば心配だけど……マチルダがいるとはいえ、もう少し詳しい情報が欲しいし。地図はあるんだよな?」
「ええ、一般に流通しているものなので、それほど細かいことは描かれていませんが」
「できればもっと詳しい地図も欲しいな。ともかく降りよう。ちゃんとした話は宿で落ち着いてからにするか」
「分かりました」

 頷くと、トマは扉を開けて出ていった。
 準備を終えたリュシーとマチルダがその後に続き、アレクは最後に出ていく。
 アレクとしても急ぎたいのは山々だが、さすがに大した情報もないまま、内乱中の国をウロチョロできるほど度胸はない。
 もちろんそのあたりはトマも承知のはずなので、確認の意味合いを込めて尋ねただけなのだろう。
 ともかく、一日でも開戦が遅れるよう、アレクは祈っておくのだった。




















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