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 トリステインの王都、トリスタニアにある宮殿の一室。
 特に飾りつけもなされていない、小ぢんまりとした質素な部屋。
 使用人用の控え室であるその場所には、二人の成年が机を挟み向かい合って座っていた。

 その内の一人であるアレクは、ひどく真剣な表情で、机の上に乗っているお椀を見つめていた。
 アレクの正面では、使用人用の服を身に着けたもう一人の成年―――トマが、伸ばした銀髪をゆらしながら優雅に足をくみ、涼しい顔でアレクを見ている。
 春半ばのそれほど暑くもない気候ということに加え、すでに上着も脱いでいるにも関わらず、アレクの額にはじっとりとした汗が浮かんでいた。

 男が密室で二人きり、とはいえど、別に女性には聞かせられない秘密の会議というわけでもなければ、怪しげな儀式を行っているわけでもない。
 二人が今こうして向かい合っている発端は、アレクがトマを誘ったことにある。

 彼の主人であるアンリエッタが自室にて枢機卿のマザリーニと何やら話し合いをしていたので、アレクは二人に紅茶を入れた後、邪魔にならないよう部屋を出た。
 アンリエッタの昼食の準備ができたら呼ぼうかと思ったのだが、それにはまだ時間があったので、少し間が空いてしまった。
 手持ち無沙汰になった彼は、たまたま見かけた暇そうな――あくまでアレクの主観だが――トマに声をかけ、暇つぶしをすることにしたのだ。

 一勝負が簡単に終わるようなものということで、サイコロ遊びをすることにした。
 ただ遊ぶだけではつまらない、と思ったアレクは、トマに対して金を賭けようか、と持ちかけたのだが、これが間違った選択であるということに不幸にも気づけなかった。
 アレクから見えないように、トマが黒い笑みを浮かべたことに気づけたのなら、話は変わったのかもしれない。

 初めのうちは、勝ったり負けたりが続いた。
 しかし時間が経つごとにトマの勝利回数が少しずつ増え、アレクが気づいたときには大幅に負け越していた。
 その後はまともな勝ちを拾えずに、すでに22スゥを取られている。
 何とか挽回せねば、と決心し、今までよりも多めに掛け金を上乗せしたアレクは、緊張に身を強ばらせていた。

 脱いでいた上着を羽織りなおし、握り締められた右手をゆっくりと開く。
 手のひらには三つの賽。
 トマより上の目を出してくれない恨めしい奴だが、物にあたってもしょうがない。
 アレクは集中するために一度目を閉じ、何かを振り切るように左手を軽く振ると、右手を傾けた。

 こぼれた賽は、吸い込まれるように、直下にあるお椀に飛び込んだ。
 高い音をたてながら、互いを弾きつつ暴れ回る三つの白い賽。
 いつまでも続くかのような賽の回転は、そろそろとその動きを鈍らせていく。

 やがてその内の一つが動きを止めた。
 出た目は『一』。
 次いで二つ目の賽も動きを止める。
 またしても出た目は『一』。
 残るは一つ。

 最後に残ったものも、今まさにその動きを止めようとしている。
 先ほどまでクルクルと小気味よく回転していた賽は、すでに目の数が視認できるほどに鈍重だ。
 そして、ついにその瞬間がきた。
 燃え尽きる間際の蝋燭が、己の生命力を振り絞り力強く燃え上がるかの如く、その賽は回転速度を増し、二度三度と素早く回ると動きを止め―――

「っ!?」

 ―――る直前、トマがアレクの左腕を握り締めた。

 アレクは顔を強ばらせた。
 そしてゆっくりと顔を上げ、つい先ほどまでお椀の中の賽に向けていた視線を正面に移す。
 彼の視界に入ったのは、どこかいやらしい笑みを浮かべたトマの顔であった。
 トマはアレクの顔に動揺の色を見て取ると、顔に張り付けた笑みを深め、口を開く。

「勝負中は、杖を手放す決まりでしたね?」

 トマが握り締めているアレクの左袖からは、杖の先が覗いていた。
 勝負中におかしな真似をしないようにと、杖は手放しておくことになっている。
 そうであるにもかかわらず、アレクの袖には杖が隠されていた。
 それが指し示すことはただ一つ。
 そう―――アレクはイカサマを行おうとしていたのだ。

 普段からアレクは腰に杖を下げている。
 その杖は、今は二人から少し離れた壁に立てかけられていた。
 魔法を使うには杖が必要である以上、これならば魔法を用いてのイカサマはできようもないが、実はアレクが持っている杖はこれだけではない。

 アレクが今現在、主として使用している杖は、普段腰に下げている杖だ。
 しかしその杖は鉄拵えのためそこそこ重く、長さも1メイル強はある。
 戦闘にも耐えうるものとして造ったためそれは構わないのだが、やはり持つには不適切な場というものもある。
 そんなときのために普段も持ち歩いているのが、子供のときにあたえられた、30サント程度の木製の杖―――つまり、今袖から覗いているものだ。

 アレクはそれを自身の袖に隠し、トマに気取られないよう口の中で“念力”を唱え、賽の目を操ろうとした。
 二つ連続で『一』の目が出たのはこれのおかげだ。
 だが、いざ三つ目の賽を操ろうとしたとき、トマに捕まってしまったのであった。
 おそらく二つ目までは、わざと見逃していたのであろう。
 無駄までに高等技術を使用した感があるアレクだが、やはりこの方面では一日の長があるトマには通用しなかった。

 今にもしてもいないような犯行を自供し始めそうなほど、がっくりと肩を落としたアレクに、トマは満足そうな表情で声をかける。

「たしかペナルティは三倍払いでしたね?」

 その言葉にアレクは懐に手を入れ財布を取り出すと、渋々と銀貨で15スゥをトマに渡す。
 それを受け取ったトマは、自身の手のひらにのせて数え始める。

「では、確かに」

 二度三度と数え、ようやく気が済んだらしいトマは、銀貨を懐に収めた。
 得たりやおうと頷いたトマに、アレクはジト目を向ける。

「お前強すぎないか?」

 むしろお前がイカサマしてるんだろ、と言わんばかりのアレクの言葉に、トマは飄々とした態度を崩さず答える。

「八つ当たりは御免願います。運も実力の内と言うでしょう?」
「だからってな……」

 そう納得いかない様子で言葉を続けようとするアレクの耳に、小さな言葉が入ってくる。

「まぁバレなければイカサマではないとも言いますし」
「いや、おい、トマ」

 聞き捨てならないセリフを聞いたアレクが追求しようとするが、トマはただ肩をすくめるだけであった。
 明らかに怪しいが、実際に現場をおさえていないかぎり、いくら言ってもきりがない。
 内心、地団太を踏みつつも、アレクは諦め天井を見上げる。

「仮にも貴族相手に博打で金を巻き上げるなんて……なんて奴だ……」

 アレクがため息を吐きつつ放った言葉に、トマはわざとらしく目を見開き両手を広げると、さも心外だ、とでもいうように口を開く。

「何を仰います、アレクサンドル様!? このトマ、まさかアレクサンドル様からそのようなお言葉を聞くとは思ってもみませんでした! どなたにもお相手にされないおかわいそうなアレクサンドル様のためにと、雀の涙ほどしかない財産を賭けてお相手いたしましたのに! 精一杯の親切心を発揮した部下におかけになるお言葉が、よもやそのようなものだとはッ!!」
「お前……」

 やけに大仰なトマに、アレクは口元をひきつらせる。
 せめて嫌みくらいは、と考えて呟いた言葉に、カウンターをくらった気分である。
 なまじ顔が良いだけに、その役者のような大袈裟な動作が似合っているのが憎たらしかった。

 もう何も言うまい、とアレクは椅子に深く腰掛け、財布を戻すついでに時間を確認する。
 財布の代わりに取り出した懐中時計を開くと、そろそろアンリエッタの昼食の準備が整う時間であった。
 確認をする時間を含めれば、もう行かなければなるまい。
 アレクは懐中時計をしまいこみ立ち上がった。
 その動きを見るとトマも立ち上がり、立てかけてある杖を取り、アレクに差し出し声をかける。

「お時間でございますか?」

 アレクは差し出された杖を受け取り、それを帯びつつ頷いた。
 先に出口に近づきドアを開いたトマを見やると、アレクは捨て台詞を残す。

「次は勝つからな、丸裸になる覚悟を済ませておけよ」
「そのときを楽しみにお待ちしております」

 深々と頭を垂れながら、トマは笑みを浮かべる。
 我ながら負ける者のセリフだな、と思いつつ、アレクはトマに背を向け出ていった。

















「すでに魔法学院へは殿下が行啓なさるということを伝えておりますので」
「ええ、わがまま言って申し訳ありませんわ。マザリーニ枢機卿」

 アンリエッタの居室では、その部屋の主とマザリーニが指し迎えで話し合っていた。
 話の内容は、王女であるアンリエッタが、トリステインの魔法学院へと足を運ぶ際の打ち合わせ。

 トリステインの上級貴族の子弟が通う、トリステイン魔法学院。
 そこで、この春2年生になった魔法学院生たちが召喚した使い魔たちの品評会が近々開催される。
 普段ならそれに王族がわざわざ参列することなどありえないが、今年に限ってはアンリエッタの願いによって、彼女が学院に行啓することとなった。

「いえ、この程度でよろしければ」

 そう言うと、マザリーニはため息を吐く。
 どこか普段以上に疲れている様子に、アンリエッタは眉を寄せた。

「枢機卿、どうかされました?」

 心配そうなアンリエッタの声を聞き、マザリーニゆるゆると首を振る。

「いえいえ、殿下がご心配なさるようなことは何も。お心遣い感謝いたします」
「そう? それならいいのですが」

 僅かに苦笑いするマザリーニがなおも少し心配だが、彼がこう言っている以上、不安はないだろう。
 アンリエッタはそう考え、身を引いた。
 マザリーニはアンリエッタに頭を下げると、姿勢を正し一度咳払いをしてから話を戻す。

「品評会が終わった後は、『土くれ』のフーケを捕らえたという3名の生徒へと報賞を与えることとなります」

 アンリエッタはその言葉に手元の書簡へと目を落とし、そこに書かれている一人の名前を見つけ顔をほころばせる。
 書簡に書かれている生徒の名は3つ。

 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、ゲルマニアからの留学生。
 タバサ、ハルケギニアではあまり聞かない名を持つ、素性が伏せられている生徒。
 そして、幼なじみの少女―――ルイズの名があった。

 つい先日、最近トリステインを騒がせている、ある盗賊が拿捕されたという報せがあった。
 名を『土くれ』のフーケという。
 貴族を中心的に狙い、平民の物にはまったく手を出さない盗賊。
 その二つ名は、フーケが盗みに入るとき、宝物が隠されている部屋の壁を、“錬金”で『土くれ』に変えてしまうことから名づけられた。
 魔法衛士でさえ手玉に取った人物がこうもあっけなく捕らえられたことだけでも一大ニュースだが、その上捕まえたのが魔法学院の生徒だというのだから驚きである。

 その功を称え、3名の生徒たちへと報賞を与えることとなった。
 何せ多くのトリステイン貴族の屋敷を襲撃し、王立銀行にまで手をのばした盗賊を捕らえたのだ。
 本来ならシュヴァリエの爵位を与えて然るべき程の功であり、学院からもそのように申請があったのだが、あいにくとそれはできなかった。
 何故なら、つい先日シュヴァリエ授与の条件が変わり、従軍が必須となったからである。
 なので、国としての面子もあり、あくまで内々にではあるが、3名には報賞が与えられることになったのだ。

 アンリエッタはそこに幼なじみの名があることを見つけ、丁度ルイズが2年になったこともあり、ぜひ今年の使い魔品評会に出たいとマザリーニに願い出たのである。
 その願いが叶えられたことを喜び、今から楽しみにしているアンリエッタは、ついつい顔がゆるんでしまう。

 そのまま書簡をめくっていると、アンリエッタは何かを思いついたように手を止めた。
 そして笑みが浮かんでいた顔を僅かに引き締めると、目の前のマザリーニへと視線を向ける。

「枢機卿」
「何ですかな、殿下」
「この『土くれ』のフーケですが、どの程度の使い手なのですか?」

 マザリーニはアンリエッタの問いに首を傾げる。

「ふむ、私も直接見たわけではないので確かではありませぬが……聞く限りでは『土』のトライアングル、それもおそらく上位の使い手でしょうな。もしかすると下手なスクウェアより使えるやもしれませぬ」

 マザリーニの言葉にアンリエッタは僅かに頷いた。
 そうしてしばらく何かを考えるように顔を伏せていると、小さな声で呟く。

「もったいない、ですわね……」

 おそらくあと一月もしないうちにフーケの裁判は行われるだろう。
 あれだけ貴族を馬鹿にするようなことをしたのだから、軽い刑であるはずがない。
 縛り首が妥当、良くて島流しといったところであろうか。
 だが、アンリエッタはそれを惜しく感じた。

「殿下?」

 アンリエッタの声がよく聞き取れなかったマザリーニは、身を乗り出すようにして声をかける。
 顔を上げたアンリエッタは、小首をかしげながら口を開く。

「枢機卿、『土くれ』について、何とかなりませんか?」
「ふむ? 何とか、ですかな?」
「ええ」

 笑みを浮かべて言うアンリエッタに、マザリーニは苦笑いしつつ額を押さえ答える。

「いやはや……まさか殿下からそのようなお言葉を聞くとは……」
「無理でしょうか?」

 その言葉に困り顔で返すアンリエッタに、マザリーニは首を振る。

「いいえ、よろしいかと。この老骨めにお任せを」
「ああ、ありがとうございます、マザリーニ枢機卿」
「ええ、何しろ“もったいない”ですからな」
「よい言葉ですわね、“もったいない”」

 手をあわせ、嬉しそうに微笑むアンリエッタに、マザリーニは苦笑いを深くする。
 無邪気な顔をして少々怖い。
 王族というものは見た目では分からないものだな、とマザリーニはアンリエッタの母、マリアンヌを思い浮かべつつ内心ため息を吐く。

 マザリーニが何やら思い浮かべ、僅かに顔を顰めていると、部屋のドアが叩かれた。
 それにマザリーニが応えると、ドアの向こう側から断りの声が聞こえ、扉が開かれる。
 そこから姿を現したのは、執事然とした格好の成年。
 アンリエッタの従者であるアレクだった。
 アレクは二人に対し礼をすると、まずはアンリエッタへと声をかける。

「アンリエッタ様、お食事の用意が調いましたので、どうぞダイニングルームへ」

 アンリエッタがそれに頷いたのを確認すると、次いで、マザリーニへ顔を向け、ここにくる途中に言付かったことを伝える。

「マザリーニ猊下、執務室へワルド閣下がお目見えになっているそうです。加えて、会議についてリッシュモン高等法院長よりご連絡があるとか」

 アレクの言葉にマザリーニはうんざりしたようにため息を吐くと、疲れたように立ち上がった。
 そして一度軽く腰を叩くふりをすると、アンリエッタに礼をする。

「では殿下、失礼いたします」
「ええ、ご苦労様です。あまりご無理をなさらないよう」
「お気遣い感謝いたします」

 アンリエッタの言葉に再度頭を下げると、ドアへと向かう。
 扉の横で頭を下げているアレクに、「ご苦労」と声をかけると、出る前にもう一度アンリエッタへと礼をし、とぼとぼと出ていった。
 疲れている様がありありと分かるマザリーニの背中に、アンリエッタは困ったような顔を向けるが、さすがに彼を休ませるわけにもいかないので、少し頭を振ると立ち上がる。

「では行きましょうか、アレク」
「はい」

 アンリエッタはアレクを伴いダイニングルームへと足を運ぶ。

「アレク、母さまは?」

 最近、母マリアンヌと共に食事をとっていないアンリエッタは、今日はどうなのか気になり、アレクに尋ねた。

「太后陛下は自室でお取りになると」
「そう……」

 今日も母と一緒に食事をとれないことを知り、アンリエッタは寂しそうに顔を伏せた。





 自分の執務室に向かう道中、マザリーニは歩いている時間も惜しいと言わんばかりに、頭を働かせる。
 先王が崩御して以来、トリステインの内政と外交の両方をほぼ一手に担っているマザリーニだが、最近は頓にやることが多い。
 何故かといわれれば、アルビオンにて起こった『革命運動』のせいだろう。

 その予兆が見えたのは、おそらく2年ほど前のこと。
 すぐに鎮圧されると思っていた、一部貴族による反乱が、むしろ勢いを増すかのようにして進み、一気に現アルビオン王政府の勢力を勝る程まで膨れあがった。
 もはやアルビオン王家は近日中にでも倒されてしまうだろう。
 そうなれば、次にその火の手が回るのは、このトリステイン王国。
 なればこそ今のうちに出来得るだけの手を回しておきたいのだが……。

 マザリーニはそこまで考えると、深くため息を吐く。
 とりあえず、目先の問題から片づけなければどうしようもない。
 ワルドの用事はおそらくアンリエッタの護衛についてだろう。
 品評会に参列するにあたり、その護衛は近衛のグリフォン隊があたることとなっているので、その確認といったところか。

 先ほどアンリエッタから頼まれた件については、それほど苦労することではないだろう。
 うまくいけば、良い手駒が入ることとなる。
 もし駄目なようでも、そのまま処刑してしまっても特に損害はない。

 問題はリッシュモンからの連絡。

(会議について、か……)

 アルビオンの反乱への対処を考えるために行う会議。
 以前より何度も行っているが、本来ならそれほど手間取ることはなかったはずのものだ。
 それがこうまで拗れている理由は―――。

「はぁ……」

 再度深くため息。
 体中から倦怠感が抜けない。
 心なしか、胃がキリキリと痛むようだ。

 ―――一日でいいから何もせずに休みたい。

 マザリーニの背には、確かに哀愁が漂っていた。




















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