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 アレクが小刀を手に入れ、ハルケギニアと元の世界に通じる何らかの手段があると分かってしまってから、三ヶ月が経つ。
 あれからアレクは似たような物がないか調べてみたものの、彼は職務上いろいろな人物との面識はあるが、個人的な伝や調べ物に精を出す暇もないため、特に進展は見られなかった。
 暇を見付け宮廷の書庫を調べてみたりもしてみると、いくつかハルケギニアでは見たことのない物が見つかったという報告はあるが、その大抵が眉唾物の話であったり、東方からの流出品だったりと、アレクが欲しい物とは違っている。
 アンリエッタの流行風邪も治り、さらにも増して暇がなくなっているため、アレクは渋々ながらも積極的に調べることを諦め、気長に待とうと考えた。

 さて、その流行風邪が治ったアンリエッタだが。
 どうも寝込んでいたのが余程退屈だったのか、最近では自重していた抜けだし癖がまた始まった。
 ここ連日、人の目を盗んでは宮廷を抜けだそうとしていたため、念入りに見張っていたのだが、今日も少し目を離した隙に部屋からいなくなっていたのである。
 「衛士の連中は何をやっているんだ」とか「俺も人のこといえないけど」などブツクサ言いながら、アレクは彼女を捜し回り角を曲がる。
 するとキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていたせいか、曲がり角の前方から人が来ているのに気付かず、正面からぶつかってしまった。

「っと」
「うぷっ」

 正面から来た人物は、アレクにぶつかり後ろへ尻餅をついてしまう。
 短く切った金髪に、澄みきった青い瞳の女性。
 年の頃はアレクより一つか二つ程度上だろうか。
 所々板金で保護された鎖帷子を着込み、腰には細く長い剣をさしている。
 どうやら平民出の衛士らしい。
 アレクはかがみ込み、詫びの言葉を言いつつその女性へ手をさしのべる。

「すまない、大丈夫か?」

 その女性はしばしアレクを見ていたが、彼の腰にさしている杖に気付きハッとする。
 そしてアレクが自分に詫びの言葉をかけて、手をさしのべていることに気付くと、慌てた様子で立ち上がり礼をした。

「も、申し訳ありません!」

 少し恥じ入っているのか、その顔はほんのりと赤い。
 立ち上がった彼女の背丈は女性にしては高く、その容姿はキリリと引き締まって勇ましい。
 慌てた様子と凛々しげな雰囲気とのギャップに、アレクはついクッと笑ってしまう。
 それを見た女性は、少し困惑したように口を開く。

「あの……何か?」
「ああ、何でもない。怪我はしなかったか?」
「はぁ……いえ、特におかしいところはございませんが……」

 貴族のアレクが平民である自分を気遣うように声をかけることがその女性には慣れないらしく、訝しげにしつつ、つい呆けたように返事をしてしまう。
 それはそうだろう、このトリステインにおいて、貴族と平民の差は人間と動物ほどに開いていると言ってもよいほどだ。
 普通の貴族ならば平民を気遣うような発言はしない。
 アレクは眉を寄せている女性を見て苦笑いをする。
 女性はそんなアレクの顔を見て、その返事が失礼になものであると気づき、また慌てた様子で口を開いた。

「し、失礼いたしました! お心遣い感謝いたします」

 そんな鯱張った女性の挙動に、アレクはまた笑ってしまう。
 何か間違ったのだろうか、と女性は困惑気に表情をゆがめる。

「いや、何でもないよ。怪我がないようなら良かった」
「はっ、では失礼いたします」

 一度頭を下げ、女性はアレクの横を通り過ぎようとする。
 それを見送りアレクは歩を進めようとするが、自分が今何をしているか思い出すと、その女性を呼び止めた。
 アレクの声を聞き足を止めると、女性は振り返る。

「アンリエッタ様を見なかったか? 少しいつもと変わったお召し物を身につけていらっしゃったかもしれないが」
「姫殿下を、ですか?」
「ああ」
「いえ、私は見かけませんでした」

 何故自分にアンリエッタの居所を聞くか分からない女性は、訝しげに眉間を寄せて答える。
 そうか、とアレクは言い、呼び止めたことを詫び捜索を続けようとする。
 と、アレクの後方から一人の男が声をかけてきた。

「アレクサンドル」

 アレクが振り向くと、そこには一人の男がこちらへ歩いてくるところであった。
 丸い帽子をかぶり灰色のローブを身に纏った、髪も口髭も真っ白なやせた男。
 アレクはその人物に頭を下げつつ声をかける。

「マザリーニ猊下」
「殿下は見つかったのか?」

 現在トリステインの行政のほとんどを取り仕切っているマザリーニ枢機卿は、アンリエッタがいなくなったとの知らせを受け、自ら探しに来ているようだ。
 アレクは内心苦笑いをしながら彼へ答える。

「未だ見つかっていません。見つかったのならすぐにお知らせにまいりますので、どうか猊下は自室にてお待ち下さいますよう願います」
「そうか、では私は部屋にいる。早く頼むぞ」

 そう言い彼は自分の部屋へ向かっていった。
 アレクはそれを見送ると、どうしていいか分からずに傍らに立ち続けている女性へ向き直り、声をかけた。

「ああ、すまなかったな。ええと、名は……」
「アニエスと申します」
「そうか、アニエス。警備を続けてくれ、アンリエッタ様を見たら知らせを頼む」
「かしこまりました。では、失礼いたします」

 アニエスと名乗った女性は、アレクに一礼すると歩き去っていった。
 アレクは彼女を見送ると、アンリエッタを探しに戻る。





「誰もいませんね……」

 宮殿の裏門付近、そこには変装したアンリエッタが抜き足で歩いていた。
 彼女は辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないのを確認すると、裏門へ向う。

「殿下!」
「きゃっ!」

 急に後ろから声をかけられ驚くアンリエッタ。
 後ろに振り向くと、そこには数人の魔法衛士隊の面々が、彼女へ向かってきていた。
 彼らがアンリエッタの目の前まで来ると、その中から一人の隊長らしい男が歩み出る。

「殿下、ここにおられたのですか。さ、早くお戻りになられますよう」

 彼はごつい体躯といかめしいひげ面に似合わないようなぎこちない笑顔で、アンリエッタの方へ向かう。
 大柄でひげ面の男が、やけに優しい顔をして近寄ってくる。
 さながら少女を拐かそうとする誘拐犯のごとく、だ。
 アンリエッタはそんな彼の様子がつい不気味に思え、悲鳴を上げ逃げてしまう。

「いやぁ!」
「え!? いやって、ちょ……」

 どうも本気で逃げているようなアンリエッタに、彼はどうしていいか分からず、おたつく。
 そんな彼に部下の一人が声をかける。

「ゼッサール隊長! おたおたしてないで早く追わないと!」
「そ、そうだな! よし、全員来い。殿下、お待ち下さい!」

 ゼッサール隊長を先頭に、衛士達はアンリエッタを追う。
 アンリエッタは半泣きになりながら逃げる。
 本来近衛である彼らは彼女を守る立場であるが、何故か今は彼女を狙っている悪漢にしか見えない。

 するとアンリエッタの前方から一人の男が近づいてくるのが見えた。
 アレクである。
 彼は腕を組み、軽く左足を前に出し、上半身を少し後ろに反らした体勢で、フライを唱え十サントほど浮いたまま、滑るように前方へ進んでいた。
 アンリエッタの前まで来ると、体を捻り半身になって急ブレーキをかける。
 そしてフライを解き地面に降り立つと、アンリエッタに声をかけた。

「やっと見つけましたよ、アンリエッタ様。さぁ戻りましょう」

 アンリエッタはその人物がアレクだと分かると飛びつく。
 彼女が急に抱きついてきたのにアレクは驚き、顔をのぞき込む。
 何故か涙目のアンリエッタにどうしたのか聞こうとすると、彼女が来た方向からドヤドヤと数人の魔法衛士隊が近づいてきた。

「あれは、マンティコア隊の人たちか?」

 彼らはこちらに走り寄り、アレクの存在に気付く。
 アレクは先頭にいる男に声をかけた。

「ゼッサール閣下」
「おお、アレクサンドルか」
「アンリエッタ様を見つけてくださったのですか? お手数をおかけしました」

 強面な容貌から初対面の人からはあまり好かれないゼッサールだが、気のいい性格をしていて、宮廷内では少数派であるアレクを疎ましく思っていない貴族の一人だ。
 アレクはゼッサールへ頭を下げる。
 ゼッサールは、これも我らの務めだ、と言い手を振った。
 それはそうと、と前置きして、アレクは何故アンリエッタが半泣きなのか尋ねる。

「そ、それはだな……」

 思わず口ごもるゼッサール。
 アレクはそんな彼に不思議そうに首を傾げた。
 なかなか言うとしないゼッサールに焦れたのか、彼の後ろにいる若い隊員の一人が口を開く。

「隊長の顔がキモかったから逃げたんだ」
「キモ……!?」
「はぁ、それは何といいますか……」

 ゼッサールはその隊員のあんまりな言葉に驚愕し、アレクは何と言っていいか分からず口を濁らす。
 暴言を吐いた隊員を殴りつけ、アレクへ向き直るゼッサール。

「んん! アレクサンドル、早く殿下をお部屋へお連れしろ。マザリーニ枢機卿もお待ちになっていらっしゃるだろう」
「それもそうですね。では閣下、失礼いたします」
「ああ」

 アレクはもう一度ゼッサールへ頭を下げ、まだスンスンと泣いているアンリエッタを抱え、彼女の自室へ向かった。





 アンリエッタを連れ帰り、マザリーニへ報告した後、いつも通りに彼女の補佐として仕事を行ったアレク。
 既に日も暮れ、アンリエッタも就寝した頃、今日の仕事も終わり、彼は今自室へと向かっている最中である。
 その帰り道、アレクの前方に人影が見えた。
 金髪を短く切った長身の女性。
 アレクはその人物へ声をかける。

「アニエス」

 アレクの声に反応し人影が振り返る。
 昼間見たときと服装は違い鎖帷子などは身につけていないが、その人物はアニエスであった。
 アニエスは自分に声をかけた人物がアレクだと気づき、頭を下げた。
 アレクは手を振りその必要がないことを示すと、彼女に話しかける。

「アニエス、もう仕事は終わったのか?」
「はい、これから宿舎へ戻るところです」
「じゃあ暇なんだな」
「え? ええ、暇といえば暇ですが……」

 アレクが何を言おうとしてるか分からないアニエスは、困惑気味に答える。
 そんな彼女にアレクは一つ頷くと、こう言った。

「よし、飲みに行こう」
「は?」
「暇なんだろう? 一緒に飲みに行こう」
「私と、ですか?」

 どう答えたものかと、アニエスは「はぁ……」やら「その……」などを繰り返している。
 アレクはそんな彼女に笑いかけ、腕を掴むと引きずるように歩き出した。

「よし行こう、さぁ行こう」
「待っ……え? ちょ……」
「遠慮しない、遠慮しない」
「いや、遠慮とかではなくてですね……」
「まぁ、やっかいな奴に絡まれたと思って、諦めてくれ」

 そのままズルズルと引きずり、町へとくりだした。





 トリスタニアの城下町はブルドンネ街、そこから脇へ一本入った、チクトンネ街に二人はいた。
 チクトンネ街は居酒屋や賭博場が多く並び、お世辞にも上品とはいえない雰囲気を醸し出している。
 アニエスはそんな周りに眉を寄せるが、前を歩くアレクが止まる様子もないため、黙って歩き続けていた。
 やがてアレクは一件の居酒屋の前で、その足を止める。
 大きな文字で『魅惑の妖精亭』とかかれた看板の下にある扉を開き、慣れた様子で中へと入っていく。
 アニエスは慣れない雰囲気に戸惑いながらも、彼の後ろを追う。

「いらっしゃいませ〜!!!」

 中へはいると同時に、複数の黄色い声が歓迎をする。
 店内ではきわどい格好をした女性が慌ただしく歩き回っていた。
 普通女性をこんな店へ連れてくるか、とアニエスが口を引きつらせていると、店の奥から大柄な人影が歩み寄ってくる。

「まぁ! アレクちゃんじゃないの!? また来てくれたのね!」
「やぁ、ミ・マドモアゼル」

 アレクはその人物へ手を挙げ挨拶をする。
 それは珍妙な格好をした、オネェ言葉の男性であった。
 黒髪をオイルで撫でつけピカピカに光らせ、大きく胸元が開いたシャツからはモジャモジャの胸毛がのぞいている。
 クネクネと腰を振りながら近づいてきた男は、アレクの隣にいるアニエスに気付く。

「あら、こちらは初めての方ね? もしかしてアレクちゃんのいい人?」

 小指を立てながらそう言う男に、アレクは苦笑いしながら職場の同僚だと紹介する。
 アレクは横で男を警戒しているアニエスの方を向く。

「この人は店長のスカロンさん。なりはこんなだけど、いい人だから警戒はしなくていいよ」
「こんなってどういう意味よ。どぉもスカロンです、ミ・マドモアゼルって呼んでね?」

 アレクを睨み付け文句を言った後、アニエスへ向き直り小首を傾げながら自己紹介をするスカロン。
 アニエスとしてはさっさと帰りたいのだが、黙って帰るわけにもいかない。
 なのでアレクに声をかけ辞退させてもらおうとするが。

「あの……」
「んじゃ、入ろうか。ミ・マドモアゼル、よろしく」
「はぁ〜い、二名様入りま〜す!」

 言い切るより先にアレクが声をかけてしまったため、タイミングをのがす。
 先に入っていくアレクに早く来いと声をかけられ、肩を落としながら続く。
 以外と綺麗な席に着くと、一人の店員が注文を取りにくる。
 アレクは適当に頼むが、アニエスはこういう場所自体そうそう来ることもないためよく分からず、彼に任せた。
 少しして料理が運ばれてくると、アレクはさっさと食べ始めるが、アニエスは手をつけようとしない。

「ん? 食べな。俺のおごりだから遠慮しなくていいよ」
「おごり、ですか?」
「うん、おいしいよ?」

 アニエスが手をつけていないのを見てアレクが声をかけるが、おごりという言葉により恐縮したようで、手をうろうろさせた。
 そんな彼女の様子を見て、アレクは苦笑いをする。

「いいから食べなって、こういう場合食べない方が失礼だぞ?」
「はぁ、では、いただきます」

 そう言うとやっと料理を口に運ぶ。

「おいしいだろ?」
「そうですね。薄味というかさっぱりとしているというか」
「前いたところの味付けに似ていてね。二ヶ月前くらいにたまたま見つけてから、ちょくちょく来るようになった」

 アレクが小刀を手に入れ、似たような物がないか探し始めた頃。
 宮殿の書庫等では探すのに限界があると思い、民間での噂話程度では何かないか探したことがある。
 噂話を集めるといえば酒屋が適しているだろうと、暇があればそういう種類の店が多く賑わっているこのチクトンネ街に足を運び、いろいろな酒屋に入って情報収集をしていたときに、たまたまこの魅惑の妖精亭を見つけた。
 初めは情報収集目的でしかなかったが、この店の料理を口にしたところ、意外な味がした。
 ここで出されている料理は、どこか和食を連想させる味付けだったのだ。
 店主のスカロンに、その料理はどこで習ったのかと聞いたところ、どうやら彼の祖父から教わったもので、タルブ村という彼の故郷の料理だという。

 中でもおすすめの郷土料理だという『ヨシェナヴェ』は、明らかに『寄せ鍋』だろうと思える物で、スカロンの祖父はもしかしたら日本人ではないのかと疑った。
 そう思って見てみれば、スカロンやその娘のジェシカという少女は、黒髪黒目でどこかなつかしい容貌をしている。
 スカロンにその祖父はどこの出身かと尋ねたところ、祖父自身は村に安置されている『竜の羽衣』というものに乗って、東から飛んで来たと言っていたらしい。

 村の人たちは信じていないらしいが、アレクはその話に興味を持った。
 日本といくつもの共通点がある東方と、日本人らしき人物がいたというタルブ村。
 東方はまだしも、タルブ村はトリステイン国内なのでいつか行って見たいとは思うが、今アレクがついている立場上そうそう何日も離れるわけには行かず、今のところは諦めている。
 どうこう考えたところでどうなるわけでもなく、できれば早く確かめたいと思う気持ちはあるが、それほど焦る必要もないとアレクは納得はしていた。

 アニエスは特に気にした様子もなく、「そうなんですか」と言ったきり黙々と食べ続けている。
 アレクも進んで言う気にもなれないので、二人してしばらくの間は簡単な雑談をしながら料理を食べ、酒を飲んでいた。
 すると、アニエスが何か言いたげにこちらを見ていることに気付いたアレクは、今し方飲んでいたワインを置く。
 できれば日本酒か焼酎が欲しいところだが、ない物はしかたなく、ワイン自体はとてもおいしい物なので文句はない。
 アレクはアニエスに顔を向け声をかける。

「何?」
「何、とは?」
「何か言いたそうにこっち見てるからさ」
「ああ、申し訳ありません」
「いや、怒ってるわけじゃないけどさ、そうじっと見られると気になるから」

 アニエスは言いにくそうに少し口ごもらせた後、口を開く。

「あの、何故私を誘ったのですか? アレクサンドル様は貴族でいらっしゃいますれば、私のような平民に声をかけるなど普通はないものでしょう?」

 既に自己紹介は済ませているため、ある程度は互いのことは知っていた。
 アレクが名前を名乗る際、わざわざ『シュヴァリエ』を名乗ったことから、彼が領地を持っていない貴族だということは分かる。
 しかし、たとえ貴族の爵位としては最下級のシュヴァリエだとはいえ、貴族は貴族。
 さらにトリステイン王女の従者ともなれば、エリートともいえる存在だ。
 そのような人が自分のような一介の平民に声をかける理由が、アニエスには分からなかった。
 彼女の様子からそんな事情を察したアレクは、納得気に頷くと、少し考え口を開いた。

「たまたま見かけたからっていうのもあるけど、そうだな……俺の身近に同年代がいないからっていうのが大きいかな」

 確かにアレクの周りには、彼と同年代の人はいない。
 周りは貴族だらけで、その多くは中年以上の年齢。
 アレクと同年代の貴族といえば、まだ領地の継承もしていない者がほとんどで、大体は学院等に通っていて、宮廷に顔を出す者などそうはいない。
 しいていうならばアンリエッタだが、彼女と飲みに行けるわけもない。
 なのでこれ幸いと、たまたま知り合いになったアニエスを見かけたので、誘ったわけだ。
 あとは、とアレクは続ける。

「俺がまだ小さい頃に家が没落してね、実は貴族として暮らした年月より、平民だった期間の方が長いんだ」

 アレクの生家、サン・テグジュペリ伯爵家が没落したのは、彼が4歳の頃。
 そしてシュヴァリエを叙されたのは、15歳の頃。
 今現在アレクは18歳なので、彼が平民だった年月は11年間、貴族であったのは7年間。

「それに貴族といっても俺はシュヴァリエ、宮廷の他の貴族からすれば下級もいいところだ。それに大体の貴族から俺は疎まれてるしね」

 シュヴァリエという格の低い爵位しか持っていないアレクは、他の貴族からすれば自分と同格とは認められない。
 さらに宮廷にいる貴族のほとんどは、アレクの両親が現在投獄されていることを知っているため、近しい者以外は彼を蔑んでいる。
 よって貴族の仲間内には入れない。
 とはいえ彼は曲がりなりにも貴族である。
 平民は貴族に対して気安く声をかけられないため、使用人達はアレクに対して恐縮してしまう。
 貴族からは疎まれ、平民からは恐れられる。
 そんなどっちにもよれないのが、アレクの現状だ。

「アニエスは気勢が良さそうだったからね、俺に対してもそう物怖じはしないかなって思って」

 だから誘ってみた、とアレクは言う。
 常に宙ぶらりんなアレクは、宮廷にいる間は気が休まることはない。
 なにせ一番安らげるのは、王女であるアンリエッタと二人きりの時だというのだから、不思議なものだ。
 かといって一人で飲みに行くのはつまらないので、できれば同年代の知り合いが欲しかったのだという。

「ああ、やっぱ迷惑だったかな。すまんね」
「いえ、迷惑というわけではありませんが……」

 余計なことを聞いたと謝るべきか、慰めるべきか。
 どういった対応をしていいか困り、もごもごと口を動かすアニエス。
 アレクは苦笑いする。

「悪いけど今日くらいは付き合ってくれ、おごりだからジャンジャン飲みな」

 そう言いいワインの瓶を彼女に向ける。
 アニエスは今後はどうか分からないが、今日くらいは気の済むまで付き合おうと、グラスを手に取った。





 二時間後。

「なぁ……私は思うわけよ。貴族だからってさ……何様だつうの。こちとら日々のおまんまを食うのにも精一杯だっつうのに、あのデブ親父どもは偉そうに……」

 ワインの瓶を片手に、机に突っ伏しながらブツブツと呟くアニエス。
 完全に酔っぱらってしまったようだ。
 先ほどから同じことをずっと愚痴り続けている。
 アレクは口を引きつらせながら、内心ため息を吐いた。

「おい! アレク! アレクサンドル! 聞いてるのか!?」
「う、うす。聞いてます」

 おもわず敬語で答えるアレク。
 いつの間にか呼び捨てである。
 もはやアニエスに先ほどまでの生真面目さは欠片もない。

「おう、そういえば貴様も貴族だったな……」

 アレクの肩に腕を回し、グイッと引き寄せ至近距離で彼を睨み付ける。
 目がすわっている。
 普段生真面目な人間ほど、いざ酔っぱらうとタガが外れるのか。
 アレクはアニエスがどうやら今日は付き合ってくれる気になったのに気付き、嬉しくなって調子に乗りドンドン酒を勧めたのを後悔していた。

「なぁ……良いご身分だな、おい。ああ? 貴族様よう……」

 ペチペチとアレクの頬を叩きながらアニエスは愚痴り続ける。
 この状況は、さらに二時間が経ち、彼女が酔いつぶれるまで続く。



 ちなみに酔いつぶれたアニエスは、アレクが背負って連れて帰った。
 同室のミシェルという女性にすごく驚かれた。




















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