すぐに終わるだろうと思われたルイズの捜索。
 これが意外と簡単にはいかなかった。

 まず向かったのは、探し人であるルイズの部屋。
 カトレアがアレクにあてがわれた部屋を訪れる前に一度寄ったらしいが、もしかすると入れ違いになっているかもしれない、ということで行ってみたのだが、そこにルイズの姿はなく、戻った形跡も見受けられなかった。

 次いで向かったのはカトレアの部屋。
 アレクの部屋の位置から移動するとなると、ルイズの部屋の方が近いためそちらを先にしたが、彼女が戻るとすれば先ほどまでいたカトレアの部屋の可能性のほうが高いだろう。
 しかし、そこにはカトレアが飼っている大量の動物がひしめき合っているだけで、ルイズの姿はまたも見つけられなかった。

 さて、こうなると少し心配になってくる。
 賊に拐かされた、などという事態はさすがにないだろう。
 何せここは、トリステイン最大の貴族ともいえるラ・ヴァリエール公爵の屋敷である。
 その警備の厳しさは尋常ではなく、ともすれば宮殿に匹敵しかねない。

 だとすれば、果たしてどこへ行ったのだろうか。
 さすがにこの屋敷が広いからとはいえ、実家で迷子になるような年ではないだろう。
 では、両親の部屋、もしくは姉のエレオノールの元であろうか。
 しかし、それほど晩くはないといえど、このような夜中に両親の元へ向かう理由も分からないし、エレオノールの部屋にいたっては特別な用がない限り自ら足を向けないだろう。
 アレクを迎えに行ったのかもしれないが、それならば途中で彼自身とあっていてもおかしくはないであろうし、すれ違いになったとしても、もう戻ってもいい頃だ。

 どうにも分からず、首をかしげるアレク。
 何度かラ・ヴァリエール家へ来ているアレクだが、それほどこの屋敷について詳しいというわけでもなく、ルイズの行動予測をできるわけでもない。
 とりあえず、ルイズが行きそうな場所を知らないか、カトレアに尋ねてみた。
 しばらく頭をひねるカトレア。
 公爵へ報せるべきか、とアレクが考えはじめると、カトレアが何か思い出したような声をあげた。

「いかがなさいました?」

 アレクが声をかけると、カトレアは少し眉にしわを寄せつつ、答える。

「何かある度にあの子がよく行く場所があるんだけど……」

 歯切れの悪い口調。
 あまり自信がないのだろう。
 カトレアが言うには、特にルイズに変わった様子は見受けられなかったので、確かに「何かある度に行く」ということでは、今の状況にふさわしいように思えないが、闇雲に探すよりはいいだろう、とアレクは考えた。

「では、とりあえずそこへまいりましょうか。行って見つからなかったのなら、閣下へお知らせいたしましょう。その場所というのは?」

 アレクの言葉に頷くと、カトレアは「こっちよ」と言い、歩き出した。





 カトレアに先導され、足を向けたのは外へ続く道。
 それも、今ではうらぶれた中庭へと向かう方向だ。
 そこにある池に、ルイズはよく行っているのだとカトレアは言う。

「ルイズはね、母さまに怒られる度に、一人で池へ行くの」

 ラ・ヴァリエールの子供達が、まだ小さい頃には、よくその池で船遊びを楽しんでいた。
 しかし、子供達が大きくなるにつれ、魔法の勉強などで忙しくなり、あまり近寄らなくなったという。
 ルイズが魔法の勉強を始める頃には、ほとんど人が寄りつかなくなった。
 姉たちに比べ、お世辞にも魔法の才があるとはいえないルイズは、よくそのことで母のカリーヌに怒られ、その度に池へ隠れていたらしい。

 言われてみれば、アレクにもその場所の記憶はあった。
 アンリエッタもルイズも、そしてアレクも幼かった時分、彼女らは元気に外を駆け回っていたのだ。
 ラ・ヴァリエール家の敷地は広大で、遊び場所に困ることはなかった。
 その遊び場所の一つに、今向かっている池があったはずだ。

「ふふっ」

 その道中、不意にカトレアが含み笑いをした。
 どうしたのか、とアレクが尋ねると、カトレアは楽しそうに微笑む。

「いえ、よく姫さまやアレクと一緒に遊んでいたことを思い出して」
「アンリエッタ様は、カトレア様に懐いていらっしゃいますから。もちろん今でも」

 アレクが笑顔でそう言うと、カトレアは嬉しそうに笑みを深める。

「そう思って頂けているのなら、とても光栄なことね」

 ゆっくりと中庭に足を運びながら、二人はその頃のことを思い出す。
 あの頃は、アンリエッタもルイズも遊び盛りで、元気にあちらこちらで跳ね回っていた。
 子供らしく、些細なことでもよくケンカをしていたものだ。

「覚えていらっしゃいますか? アンリエッタ様とルイズ様は、ケンカをする度にカトレア様の元へどちらが正しいか尋ねていらっしゃいました」
「ええ、もちろん覚えているわ。そういえば、姫さまがルイズを抱えて、窓から忍び込まれたこともあったわね」

 カトレアはコロコロと笑う。
 アレクは苦笑いしながら返す。

「ああ……あれはアンリエッタ様が“フライ”をお覚えになられたばかりのときですね」

 アンリエッタは覚えたばかりの“フライ”を使いたくて仕方がなかったようで、ルイズの部屋の窓から、彼女を抱えてカトレアの部屋へ忍び込もうとしたのだ。
 その場面を思い出したのか、カトレアは思わず口に手を当て、笑いをこらえる。

「あのときのアレクったら! 血相を変えていたわね!」
「それはそうでしょう。ウズウズされていらっしゃったのは分かりましたが、まさかあんなことをするとは思いませんでした……」

 アレクもその時のことを思い出し、苦笑いを深くする。
 早く使いたがっていたのは端から見ても明らかだったが、少し目を離した隙にルイズを抱えて窓から飛び出るとは予想だにしていなかった。
 自分とそう変わらない年のルイズを抱えて“フライ”を唱えたアンリエッタは、今にも墜落してしまいそうに、フラフラと空を飛んでいたのだ。
 慌ててアレクも“フライ”を唱え、二人を支えながら何とか無事にカトレアの部屋へ入ることが出来た。

「あのときは肝を冷やしました。さすがに今では、そんな後先考えないような真似はなさらないようですが」

 アレクの言葉を聞き、カトレアは一拍置いて頷く。

「ええ、そうね……。皆、変わっていくから……」

 何でもないような一言だった。
 それを言ったのがカトレアでなければ、アレクは何も気づかなかったかもしれない。
 しかし、アレクの耳にはその言葉がどこか―――寂しげに響いた。

「カトレア様……?」
「あ、着いたわ」

 訝しく思ったアレクが声をかけようとするが、カトレアがそれを遮るように前方を指さした。
 どうやらいつの間にか中庭へ着いていたようで、カトレアの指さす方へ視線を向けると、確かに池が見えた。

 アレクの記憶にある場所より多少寂れているようだが、間違いないだろう。
 月明かりに照らされ、水面が水の動きにあわせるように、キラキラと光っている。
 畔には、石のアーチとベンチ。
 その池の中心には、一つの小島があり、そこには石でできた白い東屋が建っている。
 少し離れたところに木橋がかかっていて、そこから小島へ渡ることができるようだ。

「あら、ここにいるみたいね」

 池を眺めていたカトレアが、何かに気づき声をあげる。

「なぜ、お分かりに?」

 ルイズがここにいることを確信しているようなカトレアの言葉に、アレクは首を傾げながら尋ねた。
 カトレアは微笑みながら、池の中心、小島を指さした。

「あの小島の畔に、いつもは小船が浮いているの。でも今はそれがないわよね?」

 カトレアが言うには、いつも浮いている場所に、小船がないらしい。
 ルイズはこの池に来ると、決まったように小船に乗り、毛布をかぶる。
 そして小島の陰に移動し、自分を捜す人々から身を隠すようだ。
 ただでさえ誰も気にもとめない場所である上に、そこは丁度屋敷から見えない位置なので、まず見つからない。

 では、なぜルイズがよくそこに行っていることを知っているのか不思議に思い、カトレアへ尋ねたが、彼女は柔らかく微笑んだだけであった。
 とくに追求する事柄でもないので、問い詰めたりはしなかったが、釈然としない。
 まぁ昔からカトレアは勘がするどかったからな、などと納得し、アレクは池へと足を進める。

「あの小島の陰ですね?」
「ええ」

 アレクが小島を指しながら確認すると、カトレアは頷く。
 二人は小島へ渡るために、木橋へ向かった。
 あまり手入れをされていないためか、足を踏みしめるたびに橋はギシギシと音を立てる。
 壊れる様子はないが、危なっかしいものだ。

 橋を渡りきり小島に到着する。
 白い東屋を迂回し、屋敷から死角になるところに出ると、暗闇の中で何かが動いた気がした。
 目を凝らしてみると、畔には一艘の小船が浮かんでいるのが見えた。
 小船の上には、こんもりと膨らんだ毛布があり、それがもぞもぞと動いているようだ。

「ルイズ様?」

 アレクが毛布に向かって声をかける。
 その声に反応し、毛布がゆっくりとめくれ、中から桃色がかったブロンドの髪がのぞいた。

「ちいねえさま、アレク……」

 足音でも聞こえていたのだろう、ルイズは二人がここに来ていることを知っていたようだ。
 いささかばつの悪い顔をしているのは、何も言わずに来たことの罪悪感か。
 アレクは池の中に足を踏み入れ、ルイズに手を差し出す。

「ルイズ様、こちらへ」

 オズオズとアレクの手につかまり、立ち上がるルイズ。
 アレクはルイズが濡れないように、彼女を抱え上げると、小島へ戻っていく。
 ルイズが島に降ろされると、カトレアが眉を寄せながら話しかける。

「急にどうしたのルイズ、何も言わないでいなくなるなんて。心配したじゃない」
「ごめんなさい、ちいねえさま……」

 カトレアは俯くルイズに歩み寄り、小さなからだを抱きしめ、優しく口を開く。

「何もなかったならそれでいいわ。でも、理由は教えてくれる?」

 カトレアの言葉に、ルイズの体が少し震えた。
 わずかな沈黙。
 アレクは何も言わずに、少し離れたところで姉妹を見ている。
 辺りには物音ひとつしない。
 やがて、ルイズはポツリポツリと話し始めた。



 カトレアの部屋を出て行ったのは、やはりアレクを待ちきれなかったからのようで、エレオノールの部屋の前まで行ったらしい。
 しかし、中から聞こえてくる声から、まだ終わりそうにないと分かった。
 さすがにエレオノールの部屋に踏み込む勇気は出なかったので、カトレアの元へ戻ろうと、きびすを返した。

 その帰り道。
 一人きりになったルイズに、急に不安が襲い掛かった。

 ルイズは魔法が使えない。
 正確に言うならば、まともに成功しない。
 コモン・火・水・風・土、どの属性の魔法を使っても、起こる現象はただ一つ―――爆発。
 一度たりともこれ以外の結果は起こらなかった。
 故に、母カリーヌはルイズを叱り、使用人の平民たちにも哀れみの視線を向けられている。

 これからルイズが通うことになるトリステイン魔法学院は、貴族の子弟たちが数多く集まるところである。
 当然、貴族である彼らは、魔法が使えないなんていうことはない。
 おそらく学院へ入学する生徒の中で、魔法が使えないのはルイズだけだろう。

 しかし、ルイズはラ・ヴァリエール公爵家の娘である。
 そんな彼女が魔法を使えないなどと、周りは思いもしないだろう。
 そのため、ルイズには多大な期待が寄せられることになるはずだ。
 そうなると、そのとき周りの期待が嘲笑に変わるというのは、想像に難くない。

 しかし、ルイズはそんなことは気にしないだろう。
 いや、気にはするだろうが、それでへこたれるほどルイズは弱くない。
 負けず嫌いな彼女は、諦めず勉学に励むはずだ。

 では、何が彼女を不安にしたのか。
 それは―――家族の期待に応えられなかったらどうしようか、というものであった。

 父の母のエレオノールの、そしてカトレアの。
 ルイズは家族を愛している。
 それは苦手であるカリーヌやエレオノールとて、そうだ。
 だからこそ思う。

 もし失望されたら―――と。

 魔法の教育という分野で、魔法学院以上のところはトリステインにはない。
 もし3年間通い、それでも魔法を使うことができなかったのなら。
 家族は自分を見捨てるかもしれない。
 そう思うと、今まで期待に膨らませていた胸が、不安に押しつぶされそうになった。

 心の底ではそんなことないと思っている。
 確かにコンプレックスではある。
 皆が当たり前にできることを、ルイズはできないから。
 ルイズの周りが才能に溢れた者たちばかりであったというのが、さらにそれを増幅させていた。
 だが、ルイズは魔法が一生使えない何ていう悲観な考えはもたない。
 人一倍負けん気の強いルイズは、気持ちでは誰にも負けないつもりだから。

 しかし、一度浮かんできた不安は、なかなか晴れない。

 次第に足は重くなり、カトレアの部屋へ着く前に、歩みを止めた。
 カトレアの顔が見れなくなったから。
 だからルイズは、一人になれるところを探した。



 カトレアはいつの間にか涙を流していたルイズの頬をこすり、さらに力強く彼女を抱きしめる。
 そして、優しくルイズの髪を撫でながら、彼女に声をかける。

「もう、馬鹿ねルイズ。私たちがあなたを見捨てるわけないじゃない」

 ギュッと抱きついているルイズの背をトントンと叩く。

「父さまも母さまも姉さまも、もちろん私だって、ルイズのことが大好きなんだから」

 未だ涙目なルイズは、上目遣いにカトレアを見る。

「本当……?」
「ええ、本当よ。それともルイズは私を疑うの?」

 わざとらしく悲しげな表情になるカトレア。
 ルイズは慌てて首を振った。

「い、いいえ! 私はちいねえさまを信じてるわ!」
「そう、良かった。なら心配ないわね」

 そう言うと、今度は本当に悲しそうな顔になるカトレア。

「もう何も言わないで急にいなくなるのはやめてね? 私の小さなルイズ」
「ごめんなさい……ちいねえさま……」

 姉妹はしばらくの間、そのまま抱き合っていた。



(二人とも、もしかして俺の存在忘れてる?)

 アレクは少し離れたところで、どうしたらいいものか、と頭を悩ませていた。
 何というか、おいてけぼりを食らった気分だ。
 さすがに、ずっとこのままにしておくわけにはいかない。
 調子がいいとはいえカトレアは病人なので、あまり夜風に当たりつつけるのはよろしくないだろう。
 ルイズも明日には出発だ。
 もし体調をくずしたら、学院に行くのが遅れてしまう。

 二人は、まだじっと抱き合っている。
 何となく声をかけずらい雰囲気だが、アレクは意を決して声をかけることにした。

「あ、あの〜……お二人とも、よろしいですか?」
「きゃっ!?」
「あら?」

 アレクの声に、ルイズは驚きの声を上げ、カトレアは微笑んだままアレクを見た。
 ルイズは自分の話を聞かれたことに気づき、一気に顔を赤くした。

「アレク!? あああああ、アンタいつの間に!?」
「いや、最初からいましたって。ルイズ様を船から降ろしたのは私ですし」

 完全に忘れられていたらしい。

「わ、忘れなさい! 今聞いたこと見たこと、全部忘れるのよ!!」
「ルイズ様がお泣きになったことを、ですか?」
「だから忘れろって言ってるでしょぉぉぉぉぉ!!!?」

 アレクに飛び掛り、胸倉をつかむと、そのままガクガクと揺さぶりまくるルイズであった。



「さて」

 ルイズによって乱された服を直し、アレクは気を取り直すように、咳払いをひとつ。
 そして少し疲れているルイズに顔を向けると、口を開く。

「つまり、ルイズ様には自信が必要なのだと思います」

 何故か頑なに忘れようとしないアレクに、ルイズは諦めた。
 カトレアは、「ルイズに諦めさせるなんて……アレク、恐ろしい子!」などと思いながら、顔に笑みを浮かべたままアレクを見ている。
 若干息が整ってきたルイズは、アレクをまっすぐ見ると、胸を張って声を大にする。

「ふん! 自信なんていくらでもあるわよ! 何せ、ちいねえさまが私を応援してくれるんだから!!」

 カトレアの『愛』を再確認したルイズはそう言い放った。

「でも、魔法に対してはそうでもないでしょう?」

 そう言われたルイズは、思わず口ごもる。
 確かにカトレアに慰められ、元気を取り戻したルイズだが、小さいころからのコンプレックスである魔法に関しては、そうそう自信が持てるものではない。
 なので、と何か良いことを思いついたような顔をして、アレクは続ける。

「ルイズ様に魔法を成功していただこうかと」

 何やら聞き捨てならない言葉が耳に入った。
 ルイズは考える。
 今アレクは何と言ったのだろうか。
 そう、確か―――魔法を成功させる、だったか。

 なるほど、それなら確かに自信がつくだろう、とルイズは内心頷いた。
 魔法に対して自信を持たせるためにするのだから、これ以上の方法はない。
 さすがアレクである。
 何が「さすが」かは分からないが、ルイズはアレクに「お前頭いいな」と声をかけようとする―――

「ほほほほほ、本当に!? できるの、そんなこと!?」

 ―――が、口から出た言葉は、まったく違うものだった。

 直前で正気に戻ったルイズは、軽く混乱しながらアレクに詰め寄る。
 何せ魔法に成功するというのだ。
 それが現実になるなら、嬉しいなんていうレベルではない。
 革命である。

 しかし、だ。
 ルイズにはどうにも信じられることではない。
 魔法を学び始めてから十年以上、家族だけではなく、様々な人物に教えを請ってきた。
 だが、誰もルイズに魔法を成功させることなどできやしなかったのだ。

 アレクはトライアングルクラスのメイジ。
 若干20のアレクがそのクラスにいるということから、相当な修練を積んでいることが分かる。
 教えを請う相手としては、十分満足のいく相手だ。

 しかし、今までルイズに魔法を教えていた相手は、それ以上の者ばかりだった。
 メイジとしてのクラスも、教育者としての実績も、である。
 そもそも、アンリエッタの従者であるアレクは、そんなことを専門にしているわけではない。
 だが、なぜかアレクの顔は自信に溢れていた。

「本当に……できるの?」
「お任せください」

 上目遣いでアレクを見るルイズに、彼は胸に手を当てながら、粛々と礼をした。
 その頼もしいさまに元気付けられ、ルイズは挑むようにアレクに声をかける。

「分かったわ、アレク! この私に―――魔法を使わせてみせなさい!!」

 堂々とそう『命じた』ルイズに、アレクはただ一言。

「かしこまりました、ルイズ様」





「で、どうするの?」

 とりあえず小島を離れ、拓けた場所へ移動した3人。
 アレクが立ち止まるのを見ると、ルイズは待ちきれないように、彼をはやす。
 全身で「早くしろ」と言ってるルイズの様子に、アレクは苦笑いをしながら口を開いた。

「まぁ簡単です」

 そう言って屈みこむと、アレクは何かを拾い、ルイズに見せる。

「これを使います」
「これって、石よね……?」

 ルイズの言うとおり、それは握りこぶしほどの大きさをした、丸い石だった。
 それを何に使うか分からない顔をしているルイズに、アレクは簡単に説明する。

「これを少し離れたところに置いてきますので、爆破してください」

 そう言われたルイズは、眉を寄せる。

「どういうつもり?」

 ルイズにとって、爆発というのは、忌々しいものだ。
 なぜなら、それは自分の失敗の象徴であるから。
 魔法を使うたびに、爆発を起こすルイズは、アレクにそれを揶揄されているのかと、不機嫌になった。

「別に馬鹿にしているわけではありません。成功するために必要なことです」

 アレクはそう言って歩き出す。
 10メイルほど離れた場所に石を置くと、ルイズの隣に戻って、声をかける。

「使う魔法は何でもいいです。しかし、意識して爆発させてください」

 渋々と杖を取り出すルイズ。
 おそらく自分が魔法を使うとどうなるか、確認したいだけなのだろう。
 ルイズはそう考えながら、気合を入れる。
 爆発させることが目的とはいえ、手を抜くようなことはしない。
 いつでも全力全開がルイズの特徴だ。

「しっかりと爆発をイメージしてください、いつもそれを見ているルイズ様ならできます」

 集中するルイズに、アレクが声をかけてくる。
 少し癪に障る言葉だが、ルイズはその通りにした。
 毎日のように見ている爆発。
 鮮明に覚えているそれを、頭に描き―――杖を振った。

 閃光、爆音。

 ルイズは確実に石を捉え、それを完膚なきまでに爆砕させた。
 爆発させることを意識的にしたせいか、結果はいつも以上の威力だった。
 衝撃も凄まじいものであったが、どうやらアレクが魔法で防いでいたらしく、3人の前には薄い水のまくが張られ、彼らを守っている。

 さらにアレクが杖を振ると、わずかに風が起こり、粉塵を散らす。
 それが完了したのを確認すると、ルイズはアレクに「それでそうするの?」と尋ねようと口を開きかけたが、その前に彼が笑顔でこう言った。

「魔法の成功、おめでとうございます、ルイズ様」

 ルイズはその言葉に、少し口をあけたまま固まった。
 この男は何を言っているのだろう。
 いつも通り爆発しただけではないか。
 そう思ったルイズは、呆れたような顔になる。

「アンタ何言ってるの?」
「ん? ですから、成功おめでとうございます、と」
「どこがよ?」

 あれが、とアレクは爆心地を指す。
 ルイズもそちらに視線を向ける。
 いつも通りの結果だった。
 それを見ても分からないルイズに、アレクは一言。

「成功とは、目的を達成することです」

 魔法とは、魔力で引き起こされる現象の事を指す。
 結果が全て爆発とはいえ、ルイズは魔力を扱うことは出来ているので、魔法を使えないわけではない。
 そして今の言葉。
 つまりアレクが何を言っているかというと。

「『魔力』を使って対象を爆発させるという『目的』を達成したから、私の魔法は『成功』したと……?」

 口を引きつらせながら言うルイズに、アレクは満足そうに頷いた。

「へぇ……そうなんだ。正解なんだ……」

 顔を伏せ、虚ろに言うルイズ。
 彼女の体がわずかに震えているのに気づき、アレクは訝しく思い近づいていく。
 アレクが近づくにつれ、ルイズの体の震えは大きくなる。
 そして彼が目の前に来ると、ルイズは―――弾けた。

「アンタやっぱ馬鹿にしてんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 アレクに殴りかかるルイズ。

「おっと」

 思わずルイズの頭を押さえるアレク。

「大人しく殴られなさい、アレク! この、このこの、このこのこの、このこのこのこのこのこのこのこのこのこ!!!」

 ルイズは腕をぐるぐる振り回す。
 しかし、身長差故に、ルイズの拳は空を切る。
 その姿、メダカ師匠の如し。

 かなり失礼なことをしている自覚はあるが、何か面白くなったアレクは、しばらくそのままにした。

















 次の日の朝。
 魔法学院の寮へ入るために出発するルイズの見送りに、ラ・ヴァリエール家の面々は勢揃いしていた。
 使用人も含めた大勢が、玄関ホールに勢揃いしている。

 今、ルイズは公爵から何か話しかけられている。
 アレクも少し離れたところに並んでいるのだが、ルイズはこちらを見ようとしない。
 どうも昨日のことで怒ってしまったらしく、口を利いてくれないのだ。

「アレク、何で昨日あんなことしたの? あれじゃ、ルイズは怒るわよ」

 隣にいるカトレアが、アレクに小声で話しかける。

「いえ、からかったわけでも、馬鹿にしたわけでもないのですが……」

 困った顔をして苦笑いをするアレク。
 アレクは、ルイズに柔軟性を持ってほしかっただけだ。

 魔法の使えないルイズは、せめてそれ以外では普通以上に貴族たらんとしている。
 それはルイズを立派な貴族の娘に育てているのだが、それ故に彼女は貴族としての考えから逸脱するようなものを持つことが出来ない。
 普通の貴族であればそれはいいことなのだが、生憎とルイズは普通の貴族ではない。

 公爵家の令嬢でありながら、魔法をまともに使えないルイズ。
 下手をすると、近い将来彼女は自分で自分を追いつめ、歪んでしまうかもしれない。
 それがアレクには心配だった。

 だからルイズにはいろいろな考え方があるのだということを知ってほしかった。
 そうすれば、「貴族はこうならなければいけない」とルイズが自分を追いつめることはなくなるかもしれない、と思ったから。
 しかし、どうやらルイズはお気に召さなかったようだ。
 完全に拗ねてしまっている。

 そんなことを考えていると、アレクはなぜ自分がここに来たのかを思い出した。
 ただ届け物をしに来たわけではないのだ。
 ルイズを見ると、丁度公爵との話が終わったようだった。
 アレクはカトレアに断りその場を離れ、ルイズに近づく。

「閣下、少々よろしいですか?」
「どうした? アレクサンドル」

 アレクはまず公爵に話しかける。
 ルイズはアレクが近づいてきたことに気づき、そっぽを向いてしまった。

「ルイズ様に伝えておきたいことが」
「ふむ、いいだろう」

 公爵の許可がおりると、アレクはルイズに話しかける。

「ルイズ様」

 しかしルイズはそっぽを向いて、応えない。

「ルイズ様」

 顔をのぞき込み声をかけるが、今度は逆を向いてしまった。
 アレクはため息を吐くと、一言付け加える。

「ルイズ様、アンリエッタ様からのお言葉です」
「姫さまの?」

 ルイズもさすがにアンリエッタの名は無視できず、アレクに目を向けた。
 アレクは頷くと、アンリエッタから言付かったことを伝える。

「『入学おめでとう、ルイズ。次に会うときは、お互い一人前になっていましょうね』だそうです」

 それは約束。
 王女からの言葉ではなく、幼なじみの少女からの言葉。
 だからルイズは拗ねていたことを忘れ、笑顔を浮かべて口を開く。

「アレク、姫さまに伝えてちょうだい。『ありがとう、アン。約束するわ』って」

 幼い頃の愛称でアンリエッタに伝言を頼むルイズに、アレクは笑顔で頷いた。





 大勢の人に見送られて、ルイズを乗せた馬車は門を出ていく。
 アレクは馬車の姿が見えなくなるまで、そこに立っていた。
 次にルイズと会うときを楽しみに思いながら。




















前へ 目次へ 次へ