一年の三番目の月、ティールの第三週ヘイムダルの半ばのある日。
 うららかな日和の中を、2台の馬車が走っていた。
 2台ともこぢんまりとした物だが、前を走る方が比較的質素なのに比べ、後ろの馬車は豪華なつくりであるといえた。
 その馬車の所々には、王家の紋章である金と銀そしてプラチナでできたレリーフがかたどられていることから、それが王室関係者のものであることが察せられる。

 アレクは今日、アンリエッタの代わりに、ラ・ヴァリエール公爵家に向かっていた。
 非公式ではあれど、王女の使いである以上粗末なものに乗るわけにもいかず、こうして慣れない高級馬車に乗っている。
 それと同じ理由で、一人の従者もつけずにいるには体面が良くないのということから、前を走る馬車には2人の侍女が乗っていた。
 普段アレクが外を移動するときなどは、アンリエッタと共にいることが多いため、大体は彼女の馬車の横で馬に乗っているか、従者用の馬車に乗るかのどちらかである。
 そのため今のように、彼自身がメインの扱いをされることは少ないので、このような待遇は少しむず痒い。

 アレクはチラリと、自分の横に置かれている、アンリエッタから渡された物を見る。
 現在の時刻は昼過ぎ。
 朝方ラ・ヴァリエール領へ入ったばかりなので、屋敷へ着くのは日も暮れた頃だろう。
 アレクは傍らの物から目をはずし、ぼんやりと外を眺めながら、今自分がここにいる経緯を思い出していた。

















 アレクがラ・ヴァリエール領を、公爵家の屋敷へと向かい走っている日の、およそ1週間前。
 彼はアンリエッタの居室で、彼女に宛てられた書類の整理をしていた。
 やはり王女という立場柄、アンリエッタへの書簡は多い。
 簡単なご機嫌伺いから、どこぞで開催される園遊会や舞踏会のお誘い、トリステイン各地で起こったことの報告書など。
 アレクはそれらを分類別に分け、優先順位が高い物からアンリエッタへ渡し、特に彼女に直接見てもらう必要のない物は、彼が適当に処分をする。

 パラパラとそれらを見ていたアレクは、その中にアンリエッタに宛てた、私的な手紙があるの見つける。
 本来なら後回しにするべきだが、その名義は国としても個人としても、優先すべき者からの手紙であった。
 アレクは少し離れた場所で、彼が先ほど渡した比較的早めに目を通しておいた方がよい書簡を見ているアンリエッタへ声をかける。

「アンリエッタ様」
「え、何かしら?」
「ラ・ヴァリエール公爵からお手紙が届いております」
「ラ・ヴァリエール公爵から?」

 アンリエッタはアレクから告げられた名に、首を傾げる。
 ラ・ヴァリエール公爵は、既に軍務を退いているため、王宮へ出す手紙など、簡単な報告以外はない。
 大体そうであるならばアンリエッタに直接宛てず、しかるべき所へ出すだろう。
 ならばアンリエッタの遊び相手である、三女のルイズからだろうか。
 何の用件だろう、とアンリエッタは不思議に思いながら、アレクから手紙を受け取り、読み始める。

「あら?」
「いかがなさいました?」

 手紙を読み進めていたアンリエッタが、不意に嬉しそうな声をあげた。

「ルイズが魔法学院に入学するそうよ」

 そう言ってアンリエッタはアレクに手紙を渡す。
 アレクがそれを受け取り読むと、確かに内容はルイズが学院に入学することの報告だった。
 この春の入学にあわせ、学院の寮に入るらしい。
 なるほど、もうそんな年か、とアレクは年寄りじみた感慨を浮かべる。

 王都トリスタニアから、馬で2時間ほどの離れた場所にある、トリステイン魔法学院。
 長い歴史を誇る由緒正しい学院であるそこは、魔法だけでなく貴族として必要な様々な教育を行う。
 貴族の中でも比較的裕福な家の子弟が集まる学院には、トリステインだけでなくハルケギニアの各国から留学生を招き、中には王族に連なる者もいるほどである。

 そこには、始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれているといわれている巨大な図書館や、貴重な宝物が数多く保管されている宝物庫も存在する。
 それは、学院に勤めている教師陣が皆、一流のメイジなため、下手な場所より強固な守りをしているからであり、そこに通う生徒に必要な資料だからなのだ。
 つまりトリステイン魔法学院は、トリステインの将来を担う重要な施設ということである。
 貴族の子弟達は全寮制の学院に詰め、一人前の貴族となるために3年間みっちりと学ぶ。

「そうならお祝いをしなければなりませんね」

 アンリエッタは嬉しそうに手をあわせながら、笑顔でそう言った。
 アレクは少し首を傾げながらも彼女に問いかける。

「お祝いというと?」
「もちろん私が公爵家へ出向きルイズにお祝いの言葉を……」
「無理です」
「へ?」

 アンリエッタの言葉をバッサリ切り捨てるアレク。

「な、何故ですの?」
「春ですからね、ここ一月ほどは予定がうまっています。出かける暇なんてありません」

 前期の決算や来期の打ち合わせなど、予定が目白押しである。
 いくらマザリーニがほとんどを受け持っているからといって、王女であるアンリエッタがフラフラと出かけていいはずもない。
 アンリエッタはがっくりと肩を落とした。

「まぁ手紙とお祝いの品を送ればよろしいかと」

 アレクのその提案に、アンリエッタはピョコンと顔を上げ、良いことを思いついた、とでもいうように口を開く。

「ではアレクが届けてくださいな」
「は?」
「アレクが公爵家へ行って、お手紙とお祝いの品、それと私の言葉を伝えればいいのですわ」

 公爵家とはいえ、一貴族の娘が学院に入学するだけのことで、王女から祝いの品などを下賜するだけでも十分だというのに、アンリエッタはそれだけでは気が済まないらしい。
 やはり幼なじみとして、彼女の中ではルイズは特別な存在なのだろう。
 どうしても何か言葉をかけたいらしい。
 しかし自分は行けない、では代役を出そう、できれば自分とルイズ、双方に親しい人物を使いにやりたい、ならばいい人物がいるではないか、とアンリエッタは考えた。

「しかし私はアンリエッタ様の補佐をしなければなりませんし。他の方に……」
「私にはこちらの方が重要です。それにアレクがいてもいなくても、実務にはそう影響ありませんもの」
「……あれ? さりげなく役立たず扱いしてます?」

 今でこそアンリエッタの仕事の補佐をしているが、そもそもアレクがここにいるのは、彼女のお守りと遊び相手として丁度良かったからに過ぎない。
 アレクは元の世界の記憶があるまま生まれたので早熟ではあったが、特に秀でた才能を持っているわけではなかった。
 この立場にしがみつくために相応の努力をしているので優秀とはいえる。
 しかし、実務面においてはいなければ困るというほどの人材なわけではないのだ。
 アンリエッタの精神安定的にはいた方が良いことは確かであるが、それを抜かせばアレクは換えのきく存在。
 なのでアンリエッタの評価は間違いではないため、認めざるおえないが、ストレートに言われると少しへこむ。

 さて、アレクはアンリエッタの補佐云々を抜きにしても、実はあまり一人でラ・ヴァリエール公爵家へは行きたくない。
 それというのも、アレクにはトリステインにおいて苦手な人が3人いるのだが、そのうちの2人が、ラ・ヴァリエール夫妻なのだ。
 別に嫌いだというわけではなく、むしろ個人としても公人としても尊敬に値する相手だと思っている。
 だが、少年時の出会い――つまり、ルイズと初めてあったとき――の印象故か、少し緊張してしまうのだ。
 アレクが内心、複雑な気持ちでいると、アンリエッタが声をかけてくる。

「そうと決まれば、アレク、お祝いの品は何が良いと思う?」
「ああ、決定事項なんですね……」

 すでにアレクを使いに出すことを決めて、アンリエッタは何を送ろうか考え出す。
 アレクはため息を吐きつつも、久しぶりにラ・ヴァリエールの屋敷へ行くのもいいか、とも思う。
 アンリエッタもそうだが、アレクの中ではルイズは小さな子供の印象が強い。
 子供の頃は、よく親戚が自分の顔を見るなり、「随分と大きくなったな」などと言うのを聞いて不思議に思っていたが、こうしてみるとその気持ちも分かる。
 気分は親戚の子供が入学するのを聞いた感じのアレク、若干二十歳であった。
















 つらつらとそんなことを思い出しつつ、馬車に揺られること数時間。
 何度か休憩を挟みながら進んでいる内に、御者から声がかけられた。
 そろそろ屋敷へと着くらしい。
 アレクは窓から顔を覗かせ、前方に目を向ける。
 すると、確かに数百メイル先、丘の向こうに大きな城のような建物が見えた。

 高い城壁があり、その周りには深い堀が掘られていた。
 城壁の向こうには、高い尖塔が建てられ、建物の周りには他に何もないせいか、トリスタニアの宮殿より大きくも見える。
 その住人がいかなる権力を持ち合わせているか一目で分かる建物、それが、ラ・ヴァリエール公爵の屋敷であった。

 アレクが窓から顔を覗かせていると、大きなフクロウがこちらへ飛んでくるのが見えた。
 それが馬車の近くまで来ると、アレクは顔を引っ込め、少し首を傾げる。
 すると、フクロウは馬車の中へ入ってきて、アレクの肩へとまった。

「いらっしゃいませ、アレクサンドル様」

 そう言い優雅に一礼するフクロウ。
 アレクは喋るフクロウに笑みを浮かべ声をかける。

「久しぶりだな、トゥルーカス。公爵閣下は?」
「もちろんご在宅でございます。ご家族全員でアレクサンドル様をお待ちしております」

 親しげに話すアレクとトゥルーカス。
 最近ではアンリエッタも忙しくなってきたためそうは来られないが、幼少の頃はよくラ・ヴァリエール家へと来たものだ。
 特に夏には毎年のようにラ・ヴァリエール家訪れて、余暇を過ごした。
 その度に、喋るフクロウ、トゥルーカスは今のように出迎えてくれていたのである。

 そんなことを話していると、馬車は堀の前に到着し、そこで一度止まる。
 馬車の正面、堀の向こう側には門が見えた。
 巨大な門柱の両脇に控えた、身長20メイルはあろうかという石像が、ジャラジャラと音をたてながら、跳ね橋に取りつけられた鎖を降ろす。
 アレクがその壮観な光景を眺めているうちに、重そうな音をたて、跳ね橋が降りきった。
 それを確認すると、馬車は再び動き出し、城壁の向こう側へと進んでいった。

 アレクは馬車から降り、背後に召使いを従え中へとはいった。
 玄関ホールには左右に数十人のメイドや執事達が並んでいる。
 さらに正面には豪華な服を着込んでいる5名の男女が並び、アレクを出迎えていた。
 アレクはその5名のうち、真ん中に立っている白髪混じりのブロンドに口髭を生やした男の前に進み、深々と礼をする。
 その人物はこの屋敷の主、ラ・ヴァリエール公爵であった。
 頭を下げるアレクへ、ラ・ヴァリエール公爵は一つ頷き、口を開く。

「わざわざ我が娘、ルイズのために良く来てくれた。王女殿下のご厚意感謝する」
「私ごときに、このような歓待、大変恐縮にございます」
「仮にも殿下の使者だ、それなりの待遇をせねばならんだろう」

 公爵の言葉に、アレクは再度礼をした。
 頭を上げると、公爵の隣に立つ妙齢の女性の前へ行き、挨拶をする。

「お久しぶりでございます、奥様」

 アレクの目の前にいるのは、公爵夫人である、カリーヌ・デジレ。
 桃色がかったブロンドを結い上げ、切れ長の目でアレクを見ていた。
 思わず背筋を伸ばしたくなるような雰囲気を纏った女性は、涼しい顔のまま、アレクへ声をかける。

「ええ、よく来たわねアレクサンドル。歓迎するわ」
「感謝いたします」

 カリーヌへの挨拶が終わったアレクは、残りの3人へ目を向けた。
 公爵夫妻より若々しい3人の女性は、この家の娘である。
 アレクはまず、その内の最年長であろう女性の元へ向かった。

 父である公爵と同様の見事なブロンドの、おそらく20代後半頃の女性。
 母親似であろう切れ長の目に、細い眼鏡をかけていた。
 少々きつめの美人であるこの女性は、ラ・ヴァリエール家の長女、エレオノールである。
 母親ほどではないにせよ、やはりどこか対面する人を緊張させる空気をもつ彼女の目の前へと進み出るアレク。

「わざわざお出迎えしていただき感謝いたします、エレオノール様」
「ゆっくりしていくといいわ」

 そっけなく言うエレオノールに、アレクは礼をすると、あることを思い出し、再度声をかける。

「そういえばエレオノール様は、近くアカデミーの主席研究員になられるだとか」
「とってつけたような言い方ね」
「いえ、そのようなことは」

 わずかに目を細めるエレオノールに、アレクは首を振る。
 それほど気に障ったわけではないのか、エレオノールは「まぁいいわ」と言うと、妹たちにも早く挨拶をするように促す。
 アレクはもう一度エレオノールに頭を下げると、残りの2人へと足を勧める。

「カトレア様、ご加減はいかがでしょうか?」

 アレクが次に挨拶をしたのは、次女のカトレア。
 母親譲りの桃色がかったブロンドを伸ばした女性。
 母のカリーヌや姉のエレオノールの鋭そうな雰囲気とは違い、常に顔には笑みを絶やさず、人に安心感をあたえるような、優しげな美人。
 カトレアは人を包み込むような笑みを浮かべたまま、アレクに声をかける。

「大丈夫よアレク、最近は調子良いの」

 そう言いふんわりと微笑むカトレア。
 カトレアは原因不明の病にかかっている。
 魔法の才にも恵まれ、器量も良く立派な貴族であるにも関わらず、彼女はそれ故に、20を越した今も嫁にもいけず、外出することもままならない。
 ちなみにエレオノールもまだ嫁にはいっていないが、この理由はカトレアとは違い本人の性格故である。

「そうですか、それは良かった」

 アレクはカトレアの言葉を聞き、彼女に微笑みかける。
 小さな頃からアンリエッタと共にラ・ヴァリエール家へと来ていたアレク。
 早くからアカデミーへ入り、屋敷にはあまりいなかったエレオノールと違い、カトレアにはアンリエッタも懐いていた。
 アレクとは3つ違いの彼女は、彼に対しても姉のように振る舞ってくれたのだ。
 そのカトレアが、調子がいいというのは、アレクにとっても歓迎すべきことである。

 4人への挨拶を済ませると、アレクは最後の一人、今日の主役というべき人物の元へ行く。
 髪は姉であるカトレア同様、桃色がかったブロンドを伸ばしている。
 容貌はどちらかといえばエレオノール似で、勝ち気そうな鳶色の瞳をアレクへ向けている。
 アレクはその少女、ルイズに礼をする。

「ルイズ様、この度は魔法学院へのご入学、おめでとうございます」
「ええ、ありがとう、アレク」

 わざわざ自分の学院入学祝いとして、アンリエッタから祝いの品を下賜されることに緊張しているのか、少々強張った顔をしているが、それ以上に嬉しいのか、声は喜色に溢れていた。
 アレクはルイズに一度微笑みかけると、自分の背後の侍女へ目配せをした。
 それを受け、侍女が祝いの品とアンリエッタからの手紙を持って進み出る。

「こちらはアンリエッタ様からルイズ様へ、とのことです。どうぞお受け取り下さい」

 アレクの言葉と共に、侍女がそれを差し出す。
 それを見た公爵が、執事の一人へ声をかける。

「ジェローム」

 公爵の声に、老執事が進み出る。
 ジェロームが恭しくそれを受け取るのを確認すると、公爵はアレクへ声をかけた。

「ささやかながら晩餐を用意した、ゆっくりしていくといい」
「公爵閣下のご厚意、真に嬉しく存じます」

 アレクの言葉に公爵は一つ頷くと、家族を引き連れ奥へと進んでいった。





 ラ・ヴァリエール家のダイニングルームには、長さ30メイルに及ぶかというようなテーブルがあった。
 そこでアレクを交えたわずか6人で、夕食をとる。
 一通り食事が終わると、公爵は侍従の一人へ指示をした。

「アレクサンドルを部屋へ案内しろ」
「かしこまりました。では、アレクサンドル様、こちらへ」
「ああ、ありがとう。公爵閣下、失礼いたします」

 アレクは公爵家で一泊し、明日、ルイズの見送りをすることになっている。
 従者の案内に従い、部屋へ向かおうとするアレクへ、エレオノールが声をかけてきた。

「アレク、後で私の部屋へ来なさい。以前話していた、電気工学について聞きたいことがあるわ」
「覚えていたのですか?」

 エレオノールの言葉にアレクは目を丸くする。
 アレクがそれを話したのは、以前ラ・ヴァリエール家に来た日、もう一年以上前のことだ。
 それ以来、エレオノールとは会っていなかったので、アレクは今それを言われるまで忘れていたのだが、彼女はそうではなかったようだ。

 彼自身はこちらの世界に馴染んではいるが、元の世界のことを忘れたわけではない。
 魔法というものがある以上それほど不便さは感じないが、あちらの技術の高さを覚えているアレクは、何とかそれを再現することは出来ないかと考えたことがある。
 なので偶々エレオノールと二人きりで話をする機会があったときに、わずかながらではあるが聞かせてみたのだ。

「ええ、なかなか興味深かったからね」
「しかし、私は研究者ではないので、それほど詳しくは分かりませんが」
「かまわないわ」

 自信なさげに言うアレクに、エレオノールはそれでもいいと言う。
 学者肌の人間は、その大多数が好奇心旺盛で新発見というものに多大な興味をみせるものだ。
 エレオノールも例外ではなかったらしく、アレクの話しに食いついてきた。
 電気関係の研究をしているものはハルケギニアにもいることはいるが、それほどポピュラーなものではない。
 稲妻や静電気がそれであるということは分かっているらしいが、どういう仕組みかまでは分かっていない。

 『風』の魔法に、“ライトニング・クラウド”というものがある。
 小規模な稲妻を起こし、敵を攻撃するものだが、それによって痺れるのは、毒の仕業だと思っている者もいるといった具合だ。
 少なくとも、研究者ではない一般的な者達には、電気といった言葉すら知らない者がいる。

 アレクとしても、もちろんそこまで詳しい説明は出来ない。
 何せそれを習ったのは、アレクからすれば20年以上前のことだ。
 こちらへ来てから元の世界で習ったことを復習していたわけではないので、アレクが説明できることといえば、精々中学レベルの基礎中の基礎。
 それも所々に穴があるが、その程度でもハルケギニアの人間には目新しいものであるらしい。
 それならば、とアレクが頷きかけると、ルイズが立ち上がり、エレオノールに食いかかった。

「ダメよ、姉さま! 私がちいねえさまと一緒に『さよなら青ダヌキ』の話を聞こうと思ってたのよ!」

 アレクは以前、元の世界の国民的アニメの話をルイズに聞かせたことがある。
 もちろんこれもうろ覚えなので、所々アレクが適当に補完したものではあるが。
 その最終回の話がまだ途中なのだ。
 アンリエッタやカトレアと共にその話を聞いていたルイズは、続きが気になって仕方がなかったらしい。
 エレオノールは自分に食いかかったルイズに、鋭い視線を向ける。

「お黙り、ちびルイズ。そんなのはどうでもいいでしょう」
「どうでもよくないわ! 私は明日学院に行くんだから、私が先でいいじゃない!」

 ルイズの反発に、エレオノールはさらに目つきを険しくする。

「そう、ちびルイズのくせに私に逆らうっていうのね?」

 そう言い立ち上がるエレオノールに、ルイズは怯む。
 ルイズにとって姉のエレオノールは頭の上がらない存在だ。
 そんな姉妹に見かねたのか、母のカリーヌが二人へ声をかける。

「エレオノール、座りなさい。ルイズも、淑女たるもの、そう声を張り上げるものではありません」
「だって……」

 姉さまが、と続けようとしたルイズを、カリーヌが睨み付ける。

「ルイズ」
「ううぅ〜……」

 名前を呼ばれるだけで萎縮するルイズ。
 エレオノール以上に、ルイズはカリーヌに逆らえない。
 どうしたものか、と突っ立っているアレクに、公爵が声をかけた。

「アレクサンドル、いいから部屋へ行け」
「はい。ではエレオノール様、後ほど部屋へ伺います。ルイズ様、それが終わり次第、すぐに伺いますので、申し訳ありませんがお待ち下さい」

 とりあえず当たり障りのないように、アレクは二人へそう約束した。
 エレオノールが鷹揚に頷き、ルイズが渋々頷くのを見ると、アレクは一同に頭を下げ、ダイニングルームを辞した。
 その後、エレオノールもすぐに自室へ向かった。
 ルイズはそれを見届けると、隣で相変わらず笑みを浮かべてるカトレアに、小声で文句を言う。

「ちいねえさまも何か言ってくれたらよかったのに……」
「ふふふ、ごめんなさいねルイズ。エレオノール姉さまもルイズも仲良さそうで」
「仲良くなんてないわ、姉さまなんて嫌いだもの」

 ころころと笑いながら言うカトレアに、ルイズは頬を膨らませそっぽを向く。
 それを見たカトレアは、さらに微笑ましそうに笑みを深めた。





「疲れた……」

 あてがわれた部屋に入った途端、アレクはベッドに突っ伏した。
 あの後、言ったとおりにすぐにエレオノールの部屋へ向かったアレクは、特に何の雑談もなく、質問を浴びせられた。
 ハルケギニアで電気関係の研究は碌に行われていないとはいえ、エレオノールは流石に飲み込みが早かった。
 柔軟性はあまりないが、アカデミーの研究員だけあり、理解力や知識量はアレクを遥かに凌駕している。

 アカデミーの正式名称は、王立魔法研究所。
 王都トリスタニアにあるそこは、学者を目指すトリステイン貴族にとっては、最高峰の機関。
 そこへ20代の若さで入り、さらに近く主席研究員になるというエレオノールの頭脳はやはり並ではない。
 最後の方は、むしろアレクがついていけなかった。

 いっそのことこのまま眠ってしまいたいほど疲れたが、ルイズとの約束もある。
 どうにかして体を起こし、ルイズの部屋へと向かおうと立ち上がろうとしたところへ、部屋のドアが叩かれた。

「誰だ?」

 召使いでも尋ねてきたのかと思ったアレクが声をかける。

「アレク? 私よ、カトレア」
「カトレア様?」

 おそらくルイズと共にいるだろうと思っていたカトレアが尋ねてきたことに疑問を持つ。
 内心首をひねりつつも、アレクは立ち上がり、ドアを開ける。
 そこには確かにカトレアがいた。
 それもお供も付けずに一人でだ。

「いかがなさいました、カトレア様? ルイズ様と一緒におられたのでは?」

 そう問いかけたアレクに、カトレアは小首を傾げ答える。

「あの子ったら待ち切れなかったみたいで、どっか行っちゃったのよ。もしかしたらアレクの所へ行ったのかと思ったんだけど……いないかしら?」
「いえ、私は今戻ったところですが、ルイズ様が来た様子はございません」

 アレクがそう答えると、カトレアは眉を寄せる。

「どこに行ったのかしら、すぐ戻るって言ってたんだけど……」

 頬に手を当て考え込むカトレア。

「では捜しに行きましょう、カトレア様は……」

 お部屋でお待ちください、と言おうとしたアレクをカトレアは押しとどめる。

「私も行くわ」
「しかし、あまり動き回るのはお体に差し支えるのでは?」

 いくら調子がいいとはいえ、カトレアは病人だ。
 そう動き回るのは体にいいとは思えない。
 そう言うアレクに、カトレアは困ったような顔をする。

「アレクもなの? 皆、過保護ね。少しは動いた方がいいわ、いつもじっとしていたらカビがはえちゃうもの」

 笑みを浮かべながら言うカトレアに、アレクは少し苦笑いする。

「そうかもしれませんね。ですが、これはおかけになってください」

 アレクはそう言い、自分のマントを取り出し、カトレアにかける。
 カトレアがマントをとめるのを見ると、アレクは「では行きましょうか」と言い、彼女と共に部屋を出た。




















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