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 トリステインとの国境から、おおよそ千リーグ離れた内陸部に位置する、ガリアの王都リュティス。
 そこは人口30万を誇る、ハルケギニア最大の都市であった。
 リュティスの東端には、巨大で壮麗な宮殿、ガリア王家の人々が暮らす『ヴェルサルテイル』が位置している。
 現在のガリア王であるジョゼフ一世は、その中心、『グラン・トロワ』と呼ばれる青色の大理石で組まれた建物の中で、政治の杖を振っていた。

 そのグラン・トロワから少し離れた場所。
 『プチ・トロワ』と呼ばれる薄桃色の小宮殿の中で、一人の少女が退屈そうにしていた。
 ガリア王家の証であるともいえる見事な青い髪を腰まで長く伸ばしている少女は、細い碧眼をぼんやりとさせ、部屋の窓から外を見ている。
 少女は寝台に寝そべりながら大きな欠伸をすると、ベッドの横に垂れ下がっている紐を引っ張った。
 すると、すぐに部屋のドアが開き、そこから数人の侍女が入ってくる。

「お呼びでございますか? 殿下」
「あの人形娘はまだ来ないのかい?」

 人形娘、という言葉に若干顔を顰めるも、侍女は少女の問いに答える。

「シャルロット様は、まだお出でになられていません」

 侍女の言葉に、少女はピクリと眉を動かす。

「シャルロット、様、ね……。ふん、あんな奴は人形で十分だよ。いや、ガーゴイルだね。ははっ! お似合いじゃないのさ、これからはガーゴイルって呼んでやろう!」

 少女は自分の言葉に、良い考えだ、と言わんばかりに、手を叩き笑った。
 その言葉に、侍女は怖ず怖ずと口を開く。

「しかし、イザベラ様。シャルロット様はイザベラ様の従妹君でいらっしゃいますし……」
「何だって!?」
「ひっ!」

 イザベラと呼ばれた少女は、侍女の言葉を聞くと、先ほどの楽しそうな雰囲気が一転し、不機嫌な様子で怒鳴った。
 侍女はイザベラの剣幕に恐れをなし、悲鳴を上げる。
 イザベラはそれでも気が済まない様子で、さらに侍女を怒鳴りつけた。

「従妹、従妹だって!? あの人形と私が従妹だって!? あんな感情の欠片もない奴と! 二度とそんなこと言うんじゃないよ!」
「も、申し訳ありません! どうかお許しを!」

 慌てて土下座する侍女に、イザベラは鼻を鳴らすと、ゆっくりと口を開いた。

「許してほしいのかい?」
「は、はい! どうか、どうかお許しを……」
「そうだねぇ、どうしてもというのなら考えてやろう」

 そう言うと、イザベラは底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
 侍女はホッとしたのもつかの間、イザベラの顔を見ると、冷や汗を浮かべた。
 彼女がこのような表情を浮かべるのは、いつもろくなことを考えていない証拠だ。
 そんな侍女の嫌な予感は的中し、イザベラは彼女にとんでもないことを言う。
 イザベラは杖を抜き放ち、それを侍女に突きつけた。

「そうだね、今から私は魔法でお前を攻撃する。それをかいくぐって一度でも私を叩くことができたら許してやろう、できなかったら打ち首だよ」

 もちろんそんなことができるはずもない。
 魔法を使えない者にとって、メイジというのは恐怖の代名詞だ。
 平民である侍女は魔法を使えないため、メイジであるイザベラにかなうはずもない。
 そして、もし、この侍女がメイジだとしても、イザベラに攻撃をくわえることなど許されない。
 なにせイザベラは現ガリア王ジョゼフの一人娘、つまり、この国の王女である。
 そんな彼女に手をあげようものなら、侍女は次の日にでもこの世から去っているだろう。
 勝っても打ち首、負けても打ち首、どちらのせよ侍女が助かる道はないのだ。
 イザベラもそれを承知で言っているのだろう、その顔にはサディストじみた笑みが浮かんでいる。

「さぁ、早く来な。こっちから攻撃してしまうよ」
「お、お許しください……お許しくださいませ……」

 頭を地にこすりつけながら謝り続ける侍女を見て、イザベラはさらに笑みを深める。
 が、表面上の楽しそうな顔と違い、彼女の内は様々な感情が渦巻いていた。

(シャルロット、シャルロットと……どいつもこいつも……!)

 今は亡きシャルル・オルレアンの一人娘。
 それがイザベラの従妹であるシャルロットであり、今待っている人形娘のことであった。
 人望に溢れていたシャルルの娘は、父の影響もあり多くの者に慕われている。
 さらに魔法の才能にも恵まれ、現在14歳ながらもトライアングルクラスであり、シュヴァリエの称号を得ているのであった。

 それに比べて自分は、とイザベラは嫌でも考えてしまう。
 シャルロットより年上でありながら、魔法の腕前は最低クラスのドット。
 父のジョゼフは無能王と蔑まれ、イザベラ自身も周りに無能と思われていることは知っている。
 この王宮内にどれほど自分を姫だと認めている者がいるのか。
 イザベラはそのイライラを目の前の侍女にぶつけようと杖を振る―――が、その前に扉がノックされた。

「誰だい!?」
「失礼いたします。シャルロット様がまいられました」

 その報告にイザベラは目を細め杖を戻す。
 侍女はイザベラの興味が自分から離れたことを感じ、ホッと息を吐いた。
 イザベラは不機嫌そうに顔を扉へ向ける。

「シャルロット様、なんて呼ぶんじゃないよ。あんな奴、ガーゴイルで十分だ。もしくは七号と呼びな」
「失礼いたしました、七号様まいられました」
「こっちへ来るようにいいな」
「はっ」

 足音が遠ざかるのを聞きながら、イザベラはベッドに身を沈めた。
 しばらくすると、先ほどと同じ声が扉の向こう側から聞こえてくる。

北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)七号様、お入りになられます」

 いやに丁寧な言葉遣いに面白くなさそうな表情をしながら、イザベラは入室許可を出す。
 すると扉が開き、そこから一つの小柄な影が入ってきた。
 イザベラと同じ青い髪を持ち、小さな眼鏡をかけた、パッと見12程にも見える少女である。

 別名『薔薇園』とも呼ばれるヴェルサルテイル宮殿には、無数の花壇が存在する。
 ガリアの騎士団はそれの名前に因んで命名されるのだ。
 しかし北側には花壇は存在しないため、『北』が入った騎士団は表向き存在しない。
 が、宮殿の裏には、この『北』が入った騎士団が存在する。
 それが『北花壇警護騎士団』である。

 ガリアの汚れ仕事を一手に引き受ける組織。
 従妹と比べられるイザベラは、自身の自尊心を満たそうと、退屈しのぎ混じりで父王ジョゼフに官職を求めたところ、この騎士団の団長に任命された。
 北花壇騎士団の団員は名前ではなく番号で呼ばれ、互いの顔すらも知らずに働く、名誉と無縁の裏の騎士団。
 その七号が、イザベラの従妹であるこの少女、シャルロットの今の地位である。

「よく来たねガーゴイル。ああ、これからお前のことはガーゴイルと呼ぶよ、いいだろう?」

 挑発するように薄く笑いながらそう言うイザベラ。
 しかし、自身の反応を楽しそうに窺っているイザベラに、シャルロットはピクリともしない。
 まるで感情がないかのように、じっとイザベラを見つめるのみであった。
 そんなシャルロットに、イザベラは舌打ちし、側に置いてあった書簡を放り投げる。

「お前の任務だよ、ある修道院の近くに野生の火竜が住着いたらしい。行って退治してきな」

 シャルロットは無言で床の書簡を拾い上げる。
 イザベラはそれを見た後、シャルロットに恐怖を抱かせるように、口を開く。

「火竜のブレスは竜族一強力だからね、お前も死んでしまうかもね」

 しかしシャルロットは何も言わない。
 イザベラはそんなシャルロットの様子に苛つき、声を荒げる。

「何とか言ったらどうなんだい!? ええ、ガーゴイル!」

 だが、なおもシャルロットは無表情であった。
 それに我慢が仕切れなかったのか、イザベラはもう顔も見ていたくない、とばかりにシャルロットに言い放つ。

「もういい! さっさと出て行きな!」

 そう吐き捨てるイザベラに、シャルロットは一瞥もくれず出ていった。
 忌々しい、とイザベラは歯ぎしりをする。
 どうせあいつも腹の中では自分を馬鹿にしているに違いない。
 あんな無表情な顔をしつつも、自分を嘲笑っているのだろう。

 と、そんなことを考えていると、イザベラの頭に不意に疑問がわき上がる。
 何故自分はシャルロットにああまでして突っかかるのだろうか、と。
 不愉快ならば徹底的に無視でもすればいいはずなのに、何故そうできないのだろうか。
 できの悪い自分とは違う、血の繋がった優秀な娘だからだろうか。
 あの感情のないような顔が気に入らないからだろうか。

 そういえば、いつからシャルロットはああなったのだろうか。
 叔父であるシャルルが生きていた頃はもっと―――





“イザベラお姉さま”







「―――――っ!」

 ベッドの脇に置いてある花瓶をたたき落とす。
 花瓶は床に落ち、バラバラに割れ、中の水がカーペットに染みこむ。
 部屋の中にいる侍女は、イザベラの急な行動に身を竦ませた。

 イザベラは自分の中にわき上がったよく分からない感情をどうすることもできず、侍女達にわけの分からないことを叫き散らし、部屋から退出させると、ベッドにその体を横たえる。
 彼女は枕に顔を埋め、うめき声を上げた。
 もやもやとした思いが胸の奥底から吹き上がり、唸ることしかできない。



 ただただ、あの無感動な従妹が許せなかった。

















 イザベラがシャルロットへ指令を渡す、10日ほど前、アレクとアニエスはルションへと到着していた。
 ガリア西部のルションは、暖かい気候の住み良さそうな街である。
 アレクとアニエスの二人は、その長閑な町並みを抜け、ルションの一角にあるリュリュの家にたどり着く。
 事前に連絡をしておいたため、二人は歓迎を受け、屋敷へと入っていった。
 玄関ホールには多くの召使い達が並び、入ってきたアレク達の正面には、二人の女性が待ちかまえている。
 アレクより年下だろう女性と、40程の女性、二人の内の若い女性の方が声をかけてきた。

「ようこそいらっしゃいました、アレクサンドルさん」

 以前トリステインで出会った女性、リュリュである。
 笑顔で出迎えの言葉をかけるリュリュにアレクは笑い返す。

「ありがとう、リュリュ。突然悪いね」
「いいえ、どうぞゆっくりしていってくださいね」

 アレクはリュリュの言葉に頷くと、彼女の隣にいる女性に頭を下げる。

「この度は突然のご訪問にもかかわらず、快く歓迎していただき感謝いたします」

 アレクの言葉に、女性は柔らかく笑みを浮かべる。

「いいえ、あなたには娘がお世話になったようで。あいにく主人はおりませんが、どうぞゆっくりなさってくださいな」

 リュリュの母親らしい女性は、アレク達を歓迎するように言う。
 アレクは感謝を込め、彼女の手の甲にキスをした。
 女性はそれを受けると、リュリュにアレク達をもてなすように言い、奥へと下がって行った。

 女性の言葉から察するに、リュリュの父は今この屋敷にはいないらしい。
 行政官だという話を聞いていたので、おそらく王都の方にいることが多いのだろう。
 うまくいけば主人から何かしらの情報を得られないか、と思っていたアレクは、少し当てが外れた。
 その人物が帰ってくるのがいつになるか分からないので、それまで待っているほどの時間はないだろう。
 さて、どうするか、とアレクが考えていると、リュリュが横から話しかけてくる。

「アレクサンドルさん、どうぞこちらへ」
「ん、ああ、ありがとう」

 アレクとアニエスは先導するリュリュの後を歩き、応接間へ招かれた。
 二人を座らせると、リュリュは「ちょっと待っててくださいね」と言い、部屋を出ていく。
 リュリュの足音が遠ざかっていくのを聞いてから、アニエスはアレクに対し口を開いた。

「で、どうされるのですか?」

 すでにアニエスにはある程度のことを話してある。
 信用できそうな人物であれば、ここの主人に協力を求めることにしていたことも知っているので、現在その人物がいない、ということについて、どうするのかと問いかけた。
 アレクはその言葉に首を捻る。

「どうしようか?」

 逆に問い返されたアニエスは呆れたような顔をする。

「どうしようか、と私に聞かれても困ります。マザリーニ枢機卿はアレクサンドル様に一任されたのでしょう?」
「そうなんだけどね……」

 アレクは少し考えると、軽い調子で口を開いた。

「リュリュに頼もうか」
「あの方に、ですか?」

 アニエスは首を傾る。

「大丈夫なのでしょうか? もし、私たちがオルレアン公派のことについて調べていると、ガリア王政府側に知られたら少しまずいことになるのでは? それに行政官自身ならまだしも、その娘である彼女にそんな情報を集められるのでしょうか?」

 そう言うアニエスに、アレクは尤もだ、と頷きつつも答える。

「それはそうだろうけどね。リュリュが告げ口するような心配もないと思う」
「まぁそれは分かりますが……」

 まだ会ったばかりなので、それほど人となりが分かったわけではないが、リュリュはアニエスから見てもそのようなことをする人物には見えなかった。

「本当の目的を話すつもりもないしね、それなりに、らしい理由をつけるよ。で、そんな情報を集めることができるかっていう点については……それほど期待はしてない」
「期待はしてない?」

 アレクの言いように、アニエスは眉を寄せる。
 どういうことか、と言うアニエスに、アレクはため息を吐きながら口を開く。

「そもそも行政官に頼むかどうかというのも決まっていなかったしね。もし頼むことができれば御の字だったけど、まぁ、なくて当然のものと考えてた。」
「では、どうするつもりだったのですか?」

 事前にマザリーニが少し調べていたものを受け取りはしたが、その情報もあってもなくても変わらない、というレベルのものだ。
 そのことはアニエスも聞いていたので、こちらで行政官に頼むものを当てにしていたのだと思っていた。
 しかしアレクはそうではないのだという。
 アニエスの言葉にアレクは困ったような顔をする。

「正直、行き当たりばったりかな……」
「なんて適当な……」

 呆れてものも言えないアニエス。
 そう言われても、とアレクは顔を顰める。
 そもそもマザリーニがあまりにもいい加減だった。
 元々あまり期待していない風だったが、渡された資料はお粗末なものであったし、大体、期間が一月というのはあまりにも短すぎる。
 本当に期待していないのか、もしかするとただの思いつきだったのか、はたまた何か別に狙いでもあるのか。
 マザリーニの考えが分からず、アレクは内心、彼に文句を言う。

「ここまで来ておいて、今更どうしようもないさ。何かいいこと思いついたら、教えてくれ」
「ええ……考えておきます……」

 投げやり気味で言うアレクに、アニエスも気のない風に答えた。
 そんなこんなで二人がぼうっとしていると、扉が開きリュリュが入ってくる。
 彼女の後ろにはワゴンを押している侍女がついており、その上には人数分の飲み物と、お菓子が乗っていた。
 二人の正面に座りながら、リュリュが声をかける。

「すいません、お待たせしました」

 リュリュが座るのを待つと、彼女と一緒に来た侍女は、ワゴンの上のものを三人の前へ並べ始めた。
 紅茶を三つと、真ん中に大きめの皿に乗せられたクッキー。
 リュリュはクッキーを指さすと、二人に声をかける。

「これ私が焼いたんです、食べてみてください」

 アレクは彼女の薦めに従い、一つ摘む。
 何か期待するようにリュリュが自分を見ているのに気づくと、アレクは彼女に笑いかける。

「うん、美味しい」
「本当ですか!? 良かった! 最近は自分でもいろいろ作り始めてるんです」

 アレクの言葉に、リュリュは嬉しそうに手をあわせる。
 と、アレクの隣で所在なげにしているアニエスを見ると、リュリュは彼女に声をかけた。

「どうぞ、召し上がってくださいな」
「はっ」

 思わずいつものように返事をするアニエスに、アレクは苦笑いをする。
 せっかくドレスを着て貴族の子女に変装をしているのに、これでは怪しまれてしまう。
 アニエスもまずいと思ったのか、顔には出さないが動揺しているようだ。
 しかし、アレクがリュリュの顔を窺ってみても、彼女は特に気にした様子もなく笑っている。
 そんなリュリュを見てアニエスも安心したのか、カップを持ち上げ口に含む。
 すると、リュリュが二人に楽しそうに声をかけてきた。

「お二人は恋人なんですか?」
「ブッ!!」

 突然の言葉に、咽せて口に含んだ紅茶をアレクに吹きかけるアニエス。
 テーブルなどを汚さないように気をつけたのかもしれないが、かけられたアレクとしては口元を引きつらせるしかなかった。
 いちいち反応が『旅行に来た貴族令嬢』らしくないアニエスに、アレクは「人選を間違えたか?」と思いつつ、ハンカチを取り出し顔を拭き、リュリュに答える。

「まぁそんなところだね。二人きりでの秘密旅行」

 アレクの言葉にアニエスは、何を、と言おうとしたところで口をつぐみ、少し顔を赤くするだけに止まった。
 これ以上余計なことは言うまい、と思ったのだろう。
 年頃の少女らしく、色恋沙汰には人一倍関心があるのか、その後もリュリュはいろいろと聞いてきた。
 アレクはアニエスに対するからかいも含め、事前に考えておいた設定らしきものを、リュリュに言って聞かせる。

 そんなふうにしばらくの間、リュリュと話をしていたアレクだが、そろそろいいだろうと本題に移ることにした。
 若干姿勢を正し、真面目な顔でリュリュを見るアレクに、彼女は少し不思議な顔をしつつ、何かあるのかと問いかける。

「うん、実は頼みがある」
「頼み、ですか?」

 首を傾げるリュリュに、アレクは頷くと、話を切り出す。

「リュリュは、以前オルレアン公についていて、今は野に身をやつした貴族の方達を誰か知らないかな?」
「どうして、そんなことを聞くんです?」

 今、アレクがリュリュに名乗っている立場は、サン・ジョルジュ男爵家の次男というものである。
 初めは偽名を名乗ることも考えたが、すでにトリステインで会った頃に実名を名乗ってしまっているので、誤魔化すことはできなかったのだ。
 幸いにして、本当の立場のことは話していなかったため、それに関しては偽りのものを伝えることにした。

 眉を寄せながら言うリュリュに、アレクはそれをふまえて、適当につくった話を聞かせる。
 アレクが考えたのは、簡単に言えばこんな話であった。

 サン・ジョルジュ男爵家は、あることで宮廷に睨まれそうになったとき、生前のオルレアン公に、実に良くしてもらっていた。
 本当ならば、オルレアン公が生きていた頃に、その恩を返したかったのだが、生憎オルレアン公はすでに故人である。
 ならばせめて、彼に近しい者に返そうと思い、オルレアン公の死後、大変な目に遭っているだろう元貴族の方々に援助をしたい。
 しかし、彼らの行方はこちらでは分からないので、リュリュに捜す手伝いを頼みたい、ということである。

 実際どのように世話になったのか、何故二人だけで来たのかなど、アレク自身言っていても怪しい部分が多くあったので、さすがに無理があるか、とも思ったが、どうやらリュリュは彼の話を素直に受け取ったようだ。
 リュリュがアレクを見る視線は、怪しむどころか、むしろやる気に満ちあふれていた。
 真っ直ぐな視線を向けられたアレクは、少し罪悪感を感じつつも、リュリュに感謝をする。

「ありがとう、リュリュ」
「いいえ、喜んで手伝わせていただきます。早いほうがいいですか?」
「ああ、そうだね。そう長いことこちらに居られそうもないから、早ければ早いほど嬉しい」

 アレクの言葉に、リュリュは元気良く頷いた。
 では早速、と言いつつ立ち上がろうとするリュリュに、アレクは言っておかなければならないことを思いだし、声をかけた。

「あ、待ってくれ、リュリュ」
「はい、何ですか?」
「その……できれば秘密に調べてくれないか?」

 何故、というように首を傾げるリュリュに、アレクはそれらしいことを言う。

「今のガリア王陛下は、オルレアン公のことをあまり良くはお思いになられていたわけじゃないだろう? もし君がオルレアン公のことを調べていると知られてしまったら、君のお父上にも迷惑がかかるかもしれない」

 もちろんリュリュは、ジョゼフが王位についた後、オルレアン公派の貴族に粛清をしたことを知っている。
 なので、それを思いだし、彼女は少し震えながら了解した。
 そんな彼女の様子に、アレクは本当に申し訳なくなり、心の底から謝る。

「本当に、ごめん。無理はしなくていいよ? リュリュに迷惑をかけたいわけじゃないから」
「いいえ、アレクサンドルさんにはお世話になりましたから」

 リュリュはアレクに笑いかけながらそう言う。
 少し道案内をしただけで、こんなに良くしてくれるリュリュに、本当のことを話せないことを苦々しく思いながら、同じことを考えているのか、顔を顰めているアニエス共々、アレクは彼女に深々と頭を下げた。





 それからリュリュが調べているしばらくの間、アレクは彼女の勧めもあり、アニエスと一緒にルションの街を回ってみた。
 初めは、申し訳なさから断ってはいたが、せっかく来たのに屋敷にこもってばかりいては良くない、というリュリュの言葉に甘え、この町を見回させてもらうことにしたのだ。
 今までトリステインから出たことのがなかったアレクとアニエスは、他国の町並みは珍しかった。

 そうして5日ほど経った頃、リュリュが少し情報を得られたと声をかけてきた。
 彼女がアレクに渡した書簡には、数名の名前が乗っているだけであったが、何も情報を持っていなかったときに比べれば、十分助けになるものだ。

「すみません、居所がはっきり分かったのはこの方だけでして……」

 リュリュが指し示した先には、『リュシー』という名が書いてあった。
 どうやら出家しているらしく、今は修道院に世話になっているらしい。
 彼女の父は、生前リュリュの父と交友があったらしく、リュリュの父の執務室にそれに関する資料があったという話だ。
 聖職者、ということなのでそれほど期待はできないだろうが、他にあてもないので、そこへ向かうことにした。

「いや、ありがとう。随分助かったよ」

 アレクがそう言うと、リュリュはホッと息を吐いた。
 今日にでも立とうと思う、とアレクが言うと、リュリュは残念そうな顔をする。
 このまま何もしないで別れるのも申し訳ないとアレクは思い、懐からあるものを取り出しリュリュに渡す。

「これは?」
「昨日町を歩いてたときに見付けたものでね、お礼に貰ってくれるかな」

 元の世界に関する物を捜しているアレクは、東方に目を付けて以来、東方の物を集めている。
 リュリュに渡した物は、ここルションで見つけた東方の品。
 15サント程の長さの細長い棒の片側に花をあしらった飾りが付けられ、本体からは細い鎖が数本ぶら下がっている。
 こちらでは何というか分からないが、元の世界で言うところの、『簪(かんざし)』である。

「いいんですか? 高い物なんじゃ……」

 細やかな細工がほどこされた見慣れないものを、リュリュは遠慮するように見る。
 そのリュリュの言葉に、アレクは首を振った。

「いや、そうでもないよ。まぁ、感謝の気持ちとして受け取っておいて」
「……はい、ありがとうございます」

 リュリュはどうしようか少し迷ったが、断るのも失礼だろうと、ありがたく受け取ることにした。
 こんな形でしかお礼をできないのを、アレクは悪く思う。
 アレクとアニエスは、屋敷の玄関でリュリュと彼女の母親に別れの挨拶をする。

「また来てくださいね」
「ああ、機会があれば是非」

 アレクは笑顔でそう言い、アニエスと共に馬車へ乗り込んだ。
 これから会う人物はどんな人なのだろうか、とアレクは考える。
 リュリュとの別れを名残惜しみながら、二人を乗せた馬車は修道院へと向かって走っていった。




















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