太陽が真上に昇る時刻のブルドンネ街。
 今は丁度昼時なので、あちらこちらで客寄せの声が賑わっている。
 アレクはその騒がしい喧噪の中を、一人ゆっくりと歩いていた。

 アンリエッタが今朝、急に熱を出していまい、今は大事をとって寝ているので、アレクは珍しく昼から暇になった。
 なのでいつものごとく元の世界に関わりのある何かを捜そうと町に出てみたものの、既にトリスタニアにある酒場などは概ね回りきってしまっている。
 だからといって王都から離れた都市に行くほどの暇は流石にない。
 どうしようかと悩んだ末、とりあえず丁度昼時なので腹ごしらえしようと思いついた。

 ブルドンネ街に美味しいランチを出す店があるという噂を聞き、そこへ向かっている途中。
 アレクは、前方になにやらキョロキョロと辺りを見回している少女の姿を見つけた。
 年の頃はアンリエッタとそう変わらないであろう16・7の少女。
 長い髪を後ろで縛り、薄い鳶色の瞳を左右に揺らしている。
 大きめの旅行鞄を提げている彼女は、身なりの良さから見るに、おそらく旅行中の貴族の娘だろう、とアレクはあたりをつけた。
 迷ってしまったのだろうか、と思い、アレクはその少女に声をかけてみることにする。

「どうしました?」
「え?」

 アレクが近づいてきたことに気づいていなかったのか、少女は声をかけられると、ビクリと体を震わし驚いたように振り向いた。
 そのまま呆けている少女に、アレクは再度声をかける。

「ご旅行ですか? 何かお探しのご様子でしたが、道に迷われたのでしょうか?」

 アレクの言葉を聞くと、少女は恥ずかしくなったのか、少し頬を赤らめ口を開く。

「あ、はい。あの、私ガリアから来たのですが、行きたいお店が分からなくなって……」

 そう言うと、少女は自分の手に目を落とす。
 つられてアレクがそちらを見ると、彼女の手には地図らしい紙が握られていた。
 アレクは少女に手を差し出す。

「地図を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、かまいません」

 少女は少し戸惑った様子で地図をアレクに差し出す。
 どうも警戒しているような女の様子に、アレクは首を傾げる。
 ナンパと間違われているのだろうか、と内心苦笑いをしつつ、地図に目を落とす。
 そこに書かれている目的地らしき印があるところは、丁度今アレクが向かおうとしていた店だった。
 アレクは顔を上げ、少女に声をかける。

「ここなら、今から私も行こうとしていた場所です。よろしければ御案内いたしましょうか?」

 声をかけてからアレクは、さらにナンパらしくなってしまったかと、心配した。
 しかし少女はアレクの言葉に笑顔を浮かべ、礼を言ってきた。

「本当ですか!? お願いします!」

 嬉しそうに手をあわせた後、少女は深々と頭を下げた。
 よほど目的地が見つかって嬉しかったのか、そこには先ほど少しあった警戒心は、まったくなくなっている。
 ちょっと簡単に気を許しすぎじゃないか、と心配しつつ、アレクは少女と共に歩き出す。





「本当助かりました!」
「いや、こっちも感謝してる、一人で来たら入りづらかっただろうからね。こんなに女性客だらけとは思ってなかった」

 どうせだから一緒に、ということで、二人で同じ席に着いた後、少女はあらためて礼を言った。
 アレクはそれに、お互い様だ、と手を振る。
 店は噂になるだけあり、かなりの客がいた。
 それはアレクも予想していたが、まさかその7割近くが女性だとは思わなかった。
 数少なくいる男性客も、ほとんどが家族連れか恋人からしく、もしアレク一人でここに来ていたら、入る勇気はなかっただろう。
 簡単に雑談していると、店員が注文を取りに来る。

「俺はおすすめで。リュリュは?」
「私も同じもので」

 少女の名前は『リュリュ』というらしい。
 店に来る途中、互いのことを少し話し、その際に敬語はつかわなくてもいいと彼女に言われたので、アレクはそれに甘えさせてもらい、気軽に話している。
 それならばアレクも同じように、と言ったが、彼女が年上の男性にそうするのは慣れていないと言ったため、強要はしていない。

「それで、なんでリュリュは一人でトリステインに?」

 店員が注文を確認し、歩き去ったのを見計らって、アレクは話を再開する。
 それにリュリュは自分のことを話し出す。

「えっと、私は行政官の娘なんですけど……」

 リュリュの生まれ故郷は、ガリア王国西部の街『ルション』。
 彼女はそこで、行政官の娘として何不自由なく育ったという。
 美味しいものをたらふく食べて育った彼女の興味は、美食に向いたらしい。
 世界中の美味しいものを金に任せて買いあさったり、わざわざ他の国までランチを食べるために出かけることもあるそうだ。
 今回トリステインに来たのも、この店の噂を聞き、ただランチを食べるだけのために一人で来たという。

「ロマリアにも行ったことがあります」
「そらまた……」

 笑顔で言うリュリュに、アレクは何と言っていいか分からない。
 アレクも美味しいものはもちろん好きだが、食事に彼女ほどの情熱はそそげない。
 半ば呆れ気味の顔をしてから、アレクは目の前の少女に一つ注意をすることにした。

「さすがに一人旅っていうのは危険だから止した方がいい、ご両親も心配するんじゃないかな?」

 アレクがそう言うと、リュリュはばつの悪そうな顔をした。
 やはり彼女の両親は、あまり良く思っていないらしい。
 少し空気が悪くなる。

 説教臭いことを言っておいてなんだが、自分が関与することじゃないか、とアレクは考え直し、雰囲気を変えるために、リュリュに今までどの様な所に行ったのか尋ねた。
 そのことを話せるのは嬉しいのか、リュリュは表情を一転させ、嬉々としてアレクに語り出す。
 先ほど話したロマリアのお店のこと、母国であるガリアにあるお店のこと、いつかは世界七大美味を食してみたいことなど、リュリュはいろいろなことを話し続け、アレクは時折相づちを打つ。





 食事が終わり、二人は店を出た。
 目的のものを食べることもでき、自分の趣味についても思う存分喋ることができたリュリュは、満足そうにしている。
 こちらに背を向けていたリュリュはくるりと振り向き、アレクに声をかける。

「今日は本当にありがとうございました、お金まで払ってもらっちゃって」
「どういたしまして。まぁさっきも言ったけど、お互い様だね」

 アレクがそう言うと、リュリュはふんわりと笑って、ペコリと頭を下げる。
 そして足下に置いてある鞄を持ち上げると、もう一度頭を下げた。

「では、失礼しますね」
「はいよ、気をつけて帰りな」
「ふふ、はい。あ、アレクサンドルさん、もしガリアに来ることがあったら、是非私の家へ寄ってください。今日のお礼をしますから」
「そうだね、今のところ予定はないけど、その時はよろしく」

 はい、とリュリュは答えると、ゆっくりと歩き出す。

「それでは、また会いましょう」
「ああ、またね」

 二人は手を振り合い別れる。
 アレクはリュリュの姿が見えなくなると、宮殿へ戻るために踵を返した。
 また、とは言っても、アレクがアンリエッタの従者である以上、他国に行くほどの暇があるとは彼自身は思えない。
 もしアレクがガリアに行くとしても、その時はアンリエッタのお付きとして行くことになるので、リュリュと会うこともないだろう。
 彼女ともう一度会うのは、随分と先になりそうだ、とアレクは考える。
 しかし、彼の予想とは裏腹に、リュリュとの再会の時は、以外に早く訪れるのだった。

















 アレクがリュリュと出会ってから、およそ2週間後。
 マザリーニに呼ばれたアレクは、彼の居室で二人だけで対面していた。
 正面に座っているマザリーニに、アレクは声をかける。

「猊下、ご用件とは?」
「うむ」

 そう言って少しの間、黙り込むマザリーニ。
 どことなく重苦しい空気の中、マザリーニは口を開く。

「アルビオンのことは聞いているか?」
「はい、聞き及んでおります」

 数ヶ月前にもたらされた、アルビオン一部貴族による不穏な企て。
 当初誰もが早い内に鎮圧されると予想していたが、今は鎮圧されるどころかむしろ大きくなってきているらしい。
 現在の規模はまだ危機感を抱くほどではないが、近頃ではここまで長引くことなど起こらなかったため、マザリーニ達も少し気になり始めている。

「ここ5年ほどで、ハルケギニアは様々なことが起こったな」

 確かに、とアレクは内心頷く。
 ここトリステインでは、4年前に先王が崩御した。
 その少し後にはガリアで先王崩御によって新しく息子が王となり、そのすぐ後に現ガリア王ジョゼフの弟、シャルル・オルレアン公が亡くなった。
 ロマリアでは2年前に新教皇が即位し、ゲルマニアの現皇帝が政敵である親族を幽閉してまで玉座に着いたのは、約3年前。
 そして今し方話に出たアルビオンでは、3年前に王弟のモード大公が死去し、現在騒ぎが起こっている。
 何故こんな話を自分にするのだろう、とアレクは首を傾げる。

「もしかすると、いや、ほぼ確実にこれからも何か起こると私は考えている」

 辣腕政治家としての直感か、それとも何か情報を得たのか。
 どちとも分からないが、マザリーニ半ば確信したようにそう言った。
 アレクが口を挟まないでいると、マザリーニ唐突に思いも寄らないことを言いはじめた。

「あまり長くなると殿下のご機嫌が悪くなるからな……。ふむ、そうだな……アレクサンドル、お前一月ばかり他国へ行け」
「は?」

 不意をつかれたアレクは、呆けたような声を出す。
 少し間をおいて、今の反応が随分と失礼なものだと気づき、アレクは慌て気味に謝罪する。

「し、失礼いたしました。しかし猊下、どういうことなのでしょうか?」
「ふむ、今のでは確かに分かるわけもないか」

 マザリーニが言うことには、こういうことらしい。

 先ほども発言したとおり、マザリーニはこれからハルケギニアでいろいろなことが起こると思っている。
 そのような場合、もっとも重要なのは、情報と迅速な行動。
 しかし現在トリステインにはそれを専門としたような機関は存在しない。
 しいていうならば魔法衛士隊がそれにあたるが、彼らを動かすのは目立つ上に事後処理も含めて少し手間がかかる。
 ならば新しい組織なりをつくろうかと、マザリーニは前々から考えていたらしい。

 だが、トリステインには人材に余裕がない。
 トリステインはハルケギニアに存在する小国に比べれば大国といえるが、他の始祖ブリミルの系譜に連ねている国と比べれば弱小国だ。
 それどころか、様々な国家が統合してために、成り上がりと蔑まれているゲルマニアと比べても、国力は劣っている。
 魔法国家としてはガリアに大きく離され、単純な国力としてはアルビオン、ゲルマニアに劣り、そう国力に変わりのないロマリアには宗教の中心地としての特別性がある。

 特に突出したものがないトリステインには、強みがない。
 なので、できうる限り効率のいいことをしたいため、そういう組織をつくりたいのだという。
 だが、先に述べたようにトリステインに余分な人材はいない。
 マザリーニもこれから捜してみるつもりだが、汚れ仕事を含めたことをやらせる人材はそうは見つからないだろう。
 ならば他の国から引っ張ってくればいいのではないか、とマザリーニは考えた。

「で、先ほどの発言ですか?」
「そういうことだ」

 マザリーニはどことなく満足げに頷く。
 アレクは納得したようなしてないような顔をして、マザリーニに問いかける。

「何故私なのですか? 専門的にそういう訓練を受けていたわけではないので、うまくできると思えませんが」
「お前に限らずそういう専門家はトリステインにはほとんどいない。だからつくりたいのだ」
「はぁ、ですが……」
「分かった、簡単に言おう。お前ならいざというときに切り捨て易いからだ」
「ず、随分と直球に……」

 アレクは口元を引きつらせる。
 確かに間違ったことではない。
 アレクは家名を奪われた上、両親が投獄された現在、天涯孤独のようなもので、彼の所有権は王宮にある。
 いうなれば国の所有物だ。
 だからこそ自由に動かせ、もし切り捨てても、どこかに亀裂が起きることもない。

 マザリーニにしても、アレクを気に入ってはいるので、使い捨てるつもりはない。
 というか、彼が死んでしまったら、アンリエッタが結構面倒になることが分かる。
 だが、マザリーニが個人で動かせる人物の中で、彼が一番都合の良い存在であることも事実。
 今必ずやらなければならないことではない上、それほど期待しているわけでもないマザリーニは、もし危険そうだったら途中で辞めても良いと言った。

「承りました」
「うむ」

 内心ため息を吐きながら了承するアレク。
 そもそも彼に拒否権はないので、やれといわれたら、やるしかないのだ。
 マザリーニはまたも満足そうに頷いた。

「して、どの国へ?」
「そうだな……」

 マザリーニは顎に手を当て考える。
 完全に身分を隠し、こっそりと忍び込むことなど、少なくとも今はそのようなことができる能力はないので、表向きはただの旅行などにカモフラージュして行かすつもりだ。

 アルビオンは現在騒動が起こっているので、そうそう他国の者が行くべきではないだろう。
 少なからず警戒がされているはずなので、人材をさがすためにウロチョロしていたら、騒動を起こしている貴族達の仲間と怪しまれかねない。

 ゲルマニアはある意味トリステインと対極に位置する国なので、気質があわないだろう。
 伝統主義のトリステインとは逆に、ゲルマニアは新しい国なので、あまり伝統には固執していないため、両国の中はお世辞にも良好とはいえない。
 もしかすると、入国するだけでも少し手間取る可能性があるため、避けた方が無難だ。

 かといって無数に存在する小国に、隠れた人材がいるとは思えない。
 いたとしても、それを見つけだすことができるほど、時間をかけることはできない。
 ある程度あたりのつけられる国がよいのだ。
 だとすると、ロマリアかガリアか……。

 マザリーニは熟考する。
 しばらく考えた後、アレクに顔を向け、行く国を決める。

「ガリアへ行け」
「ガリア、ですか?」

 アレクは少し意外に思う。
 これは簡単に言えば引き抜きだ。
 下手をすれば、行き先の国と少しこじれる可能性もある。
 単純な国力の差で最も開きがある、ハルケギニア最大国家といわれるガリアとそうなってしまうのは拙いので、マザリーニも避けるのではないかとアレクは考えていた。
 確かめるように言うアレクに、マザリーニは頷く。

「そうだな、一人二人でも連れて帰れればいい」

 あまり気のないようにそう言うマザリーニ。
 アレクは彼の様子に、少し疑問を感じる。

「猊下、それほど期待していないのなら、しなければよいのでは? リスクが大きいと思いますが」
「リスクが大きい? そうか?」
「それはそうでしょう。他国の貴族を引き抜こうというのなら……」
「貴族を引き抜く? 誰がそのようなことを言った?」
「え?」

 そういうつもりだったのではないのだろうか、とアレクは首を捻る。

「平民を引き抜くのですか?」
「いや、メイジだ」

 もしかしたら対象は平民だったのか、と思い、マザリーニに尋ねる。
 しかし、マザリーニは横に首を振った。
 それはそうだろう、もし対象が平民ならば、わざわざ他国へ行かず、トリステインで捜し育てればよいのだ。
 だが、マザリーニはメイジが必要だというのに、貴族を引き抜くつもりはないらしい。
 では、どういうことだろうか。
 アレクは少し考え、ハッと気づく。

「ああ、ということは対象は……」
「そう、野に下った元貴族達だ」

 つまり、傭兵や盗賊に身をやつしているメイジ達である。
 トリステインにもいるが、それらは元トリステイン貴族が大多数。
 金でも出せば雇えるが、それでもあまりトリステイン王家へ良い思いがない者達なので、不安が残る。
 マザリーニが必要としているのは、目的は金でも他国への恨みでもいいが、トリステインに悪意を持たず働く者達。
 ならば、ガリアというのも多少は納得できる。

「元オルレアン公派のメイジ」

 アレクが思いついた答えに、マザリーニは笑みを浮かべる。
 どうやら正解らしい。

 現ガリア王の弟、シャルル・オルレアン。
 生前、彼は国王の名代として、何度かトリステインにも来ていたので、アレクも数回見かけたことはある。
 とても温厚で聡明な人だと感じたのを覚えている。
 一度だけ、子供らしい小さな少女を連れていたのが印象的であった。
 オルレアン公派というのは、先王が健在であった頃、ガリアの次期国王にジョゼフとシャルルのどちらが選ばれるかというときに、弟のシャルルについた貴族達のことである。

 シャルル・オルレアンは才能と人望に溢れた人物だったという。
 そのためガリアの宮廷では、兄のジョゼフではなく、弟のシャルルが次代の国王となるだろうと予想していた者が多数であった。
 しかし、大方の予想を裏切り、当時のガリア王が跡継ぎに選んだのは、兄ジョゼフ。
 暗愚と囁かれ、無能と蔑まれていた者が、王となった。

 その直後、シャルルは死亡してしまったらしい。
 直接の原因は明らかにされていないが、多くの者には、ジョゼフが自分の王座を確固としたものとするため、優秀な弟を忙殺したのだと言われている。
 シャルルへ組み付いた者達は、ジョゼフが王座へついただけで、その後はあまり良い待遇が待っていないことが、容易に想像できた。
 しかし、彼らへのジョゼフのその後の扱いは、予想を越えたものだった。

 ジョゼフはシャルルの死後、彼についた者達の対して、大粛清を行った。
 かつてオルレアン公派だったというだけで、貴族を処刑し、その家族をバラバラにする。
 ジョゼフがどのような思いでそれを行ったのかは分からないが、弟のシャルルについた者はことごとく粛清したのだ。

 そのため、運良くそれを逃れた元オルレアン公派の者達や、粛清された貴族の家族などは、現ガリア王ジョゼフに対し、重い恨みを持っている。
 マザリーニが狙おうとしているのは、おそらくこの者達であろう。
 もちろんマザリーニは戦争を起こしたいとは思っていないので、彼らをトリステインへ引き入れても、ジョゼフに復讐させるつもりはない。
 しかし、彼らはトリステインに恨みを持っているわけでもないので、うまくすれば、こちらの味方にできる者達だ。
 だが、それが容易いことだとも思えないので、そういう意味ではあまり期待していないということらしい。

「では、すぐにでも向かった方がよろしいのでしょうか?」
「そうだな、ただ行って闇雲に捜しても、運良く見つかるなどということはないだろう。少しこちらで調査をしてからだ」

 それもそうだな、と頷きかけたとき、アレクは2週間ほど前に会った少女を思いだした。
 確か彼女はガリアの貴族令嬢だったはずだ。
 利用するような形で再会するというのは、後ろめたさと申し訳なさを感じるが、しばらく悩んだあげく、アレクはリュリュのことをマザリーニに話した。
 マザリーニはアレクの言葉を聞き驚き、少し待て、と言うと、資料を捜し始めた。
 机の引き出しからガリアに関する資料を取り出すと、パラパラめくり、しばらく眺めた後、口を開く。

「ふむ、ルションのか……。あまり積極的ではないが、どちらかというと反政府側のようだな」

 そう言うとマザリーニはアレクに顔を向ける。

「個人的に伝があるのなら、それを利用した方が良いだろう。ただし慎重に、だ。実際に会ってから、話して良いか判断するのだ」
「かしこまりました」

 マザリーニの言葉にアレクは頷く。
 ついで、アレクは気になったことを聞いた。

「猊下」
「どうした?」
「これは私一人で向かう、ということでしょうか?」
「ふむ?」

 アレクの言葉に、マザリーニは少し考え、口を開く。

「そうだな、恋人役でもつけた方が警戒されにくいか。誰か一人つけよう、希望はいるか?」
「希望、ですか……」

 アレクはしばらく悩み、一人の女性の名と、どのような立場であるかを口にした。
 それを聞き、マザリーニは眉を寄せる。

「まぁ……貴族のご令嬢を連れるよりは安心か。して、その者は信用できるのか?」
「ええ、生真面目ですし、下手な貴族に比べれば忠誠心もあるでしょう」

 他の貴族に聞かれたら、拙いことになりそうなことを言うアレク。
 マザリーニはそれに苦笑いすると、急に真面目な顔つきになり、アレクへ忠告をする。

「もし、そやつがへまをしたのなら、私はお前ごと切るつもりだ」
「重々承知いたしております」

 アレクはそう言い、手を胸に当てる。
 マザリーニはしばらくアレクを見つめると、息を吐く。

「ならば良い。出発は5日後にする、それまでに準備しておけ。殿下にはお前が出立した後、こちらで適当に誤魔化しておく」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
「ああ」

 アレクはマザリーニへ礼をすると、部屋を出る。
 そして、先ほどマザリーニへ伝えた女性へ協力を仰ぐため、その足で向かっていった。





 5日後。

「このような恰好は慣れません……」

 アレクの隣には、いつもの鎖帷子ではなく、貴族の令嬢が着るようなドレスを身に纏ったアニエスの姿があった。
 彼女は居心地が悪そうに、自分の体を見回している。
 アレクもいつもの執事服ではなく、トリステインの貴族が着るような、標準的な恰好をしている。

「いや、似合ってるぞ、アニエス」
「おからかいになりませぬよう」

 憮然とした面持ちで、そう言うアニエス。
 二人は用意した馬車に乗り込む。
 ちなみに御者はガーゴイル、擬似生命を与えられた魔法像である。
 アレクが合図すると、馬車は走り出した。

「さぁ、目指すはガリアだ。楽しもうじゃないか、アニィ」
「だ、誰がアニィですか!!」

 アニエスをからかいつつ、アレクはガリアへ向かって出発した。




















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