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 徹がアレクサンドルとなり、サン・テグジュペリ伯爵家の長男として過ごし、4年の月日が流れた。
 特別天才的な才能に恵まれたわけではないが、やはり中身は成人ということもあり、同年代と比べれば突出した能力を発揮する。
 現在4才の彼は、既に簡単なコモン・マジックならば多少使えるようになり、将来を有望視されている。
 彼の両親もそれを褒め称え、息子には輝かしい将来が展望されていると喜んだ。

 サン・テグジュペリ伯爵家はそれほど裕福な家ではないが、トリステイン王国の貴族ではそれなりに古い家柄であった。
 そしてトリステイン貴族としては珍しく領民との仲がいい。
 現代日本に生きてきたアレクから見れば、貴族としての彼らの態度にはやはり違和感を覚える。
 しかし彼が知る限り、現実での中世の貴族と比べても平民に対する態度としては柔らかく、魔法という絶対的な力が貴族と平民の仲を隔絶しているこの世界では、異端ともいえるほどであった。
 その所為で一部を除く他の貴族からは、多少疎まれている。

 父のサン・テグジュペリ伯爵はトリステインの外交官の役職に就いており、よく家を空けることがある。
 この日も王宮から呼び出しがあり、朝早くから出ることとなった。
 今日は珍しく母と一緒に来るように言われたらしく、二人そろって家を出るところであった。

「では、行って来る」
「ちゃんとお勉強しているのよ、アレク」

 父と母は、玄関まで見送りに来たアレクヘ声をかけた。
 アレクはそれに元気良く頷く。

「はい父上、母上。お二人が帰ってくるときには新しい魔法を使えるようになっていて、驚かせてみせます」

 そう言うアレクの手には30サントほどの教鞭のような物が握られている。
 それは彼が3才の誕生日の時に父から与えられた物で、かつて彼の祖父が使っていた物らしい。
 両親は年不相応に聡明な様子な様子をみせる彼に微笑みかけ、横に控える老執事へと声をかけると家を出る。

「後は頼んだぞテオフィル」
「畏まりました旦那様。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ。父上、母上」

 老執事とアレクはそろってお辞儀をする。
 家の前に止まっている馬車に二人が乗り込み、それが門から出ていくまで、そこで見送っていた。

「では坊っちゃま、魔法の練習を始めましょうか」
「うん」

 二人はいつも魔法の練習をしている裏庭へ向かう。
 その途中にアレクは横で歩いている老執事へと話しかけた。

「テオフィル、坊っちゃまって呼ぶのやめてくれって言わなかったっけ?」
「しかしながら坊っちゃまは坊っちゃまであらせられるので、坊っちゃまとしか呼べません」
「いや、そうなんだけどさ。呼び捨てにしろとは言わないけど、アレク様とかじゃだめなの?」
「しかし今更変えるのは難しいです」

 先々代の頃からサン・テグジュペリ家に仕えているテオフィルからしてみれば、確かにアレクは「坊っちゃま」なのだろう。
 アレクの父である現当主もかつてはそう呼ばれていたというのだ。
 しかもそう呼ばれなくなったのが、当主となってからだというのだから筋金入りである。

 だからといって「坊っちゃま」と呼ばれるのはあまりよろしくない。
 なにせアレクは、見た目は4才だとしても、中身は成人したいい大人なのだ。
 彼自身生まれ変わって、多少この体に精神が引っ張られているようでもあり、精神年齢が「前世+4」というものでもない。
 だからといって見た目と中身がずれているのには変わりないのだ。
 それなのに「坊っちゃま」は些か気恥ずかしい。

「難しいのか」
「はい、難しいのです」

 そうこうしている内に中庭へと着く。
 二人はその中心まで進み、向き合うように立つ。
 テオフィル自信は魔法を使えないが、長年執事として仕えた彼は魔法についても詳しいため、教師代わりとして面倒を見るのだ。

「では今日はレビテーションにしましょう」
「わかった」
「とりあえず10秒間浮かんでられたら良しとしましょう」

 アレクは頷き、杖を振る。
 すると彼の体が1メイルほど浮く。
 風系統のドットスペル、“レビテーション”だ。
 ドットスペルとはいえ、メイジならば誰でも使えるようなコモン・マジックとそう変わりない魔法だが、現在彼の年齢は4才のため、今はこの程度しか浮くことができない。

「そのまま集中してください」

 テオフィルの声を聞き、目を瞑るアレク。
 しかしそう長くは続かず、7秒ほどで地面に降りてしまう。

「くそっ!」
「もう一度やりましょう」
「わかった」

 もう一度“レビテーション”を唱えるアレク。
 しかしまたも10秒経たずに、地面に降りてしまう。
 もう一度唱える。また降りる。
 その後何度もそれを繰り返す。

 こうしていつも通りの一日が過ぎる。



 ―――――過ぎる、はずだった。

















 あの後どうにか10秒間浮き続けられたアレクは、両親の帰りが遅いため、一人で夕食をとる。
 父がいないのは度々あるが、母までもいないのは珍しいため、少々寂しい夕食となった。
 夕食が済み、寝る前に日課となっている読書を部屋でしていると、テオフィルが慌ただしく入ってくる。

「坊っちゃま! 失礼いたします!」
「どうしたの、テオフィル。そんな慌てて」

 ノックもせずに入ってきたテオフィルに驚くアレク。
 テオフィルは息を切らせながらそれに返す。

「ただいま王宮から特使がまいりして……」
「特使が?」
「はい……その……」

 言い辛そうに口ごもらせるテオフィル。
 アレクは両親に何かあったのかと思い、早く言うよう促す。

「大変申し上げにくいのですが……」

 顔を顰めさせるテオフィル。

「旦那様と奥様が……投獄されたようです」
「え?」

 とっさに立ち上がり、呆然とするアレク。
 彼はテオフィルが何を言っているのか、しばらく理解できなかった。
 そんな彼の様子を、テオフィルは痛々しそうに見る。
 しばらくするとアレクは震える声でテオフィルに確認した。

「それは……確かなのか……?」
「はっ、特使が持っていた文書には王家の印が押されておりました」
「そう……か……」

 崩れ落ち椅子に深く座り込むアレク。
 肘を膝へつき、両手を顔に当てる。
 5分ほどそのままの体制でいると、アレクは顔を上げ目の前に立つテオフィルへ弱々しく話しかける。

「何故そんなことになったんだ……?」
「特使からはこう聞きました」

 テオフィルから聞いた話ではこういうことであった。

 どうやら父の部下である、会計を担当していた者が経費を横領していたらしい。
 長年行っていたらしく、その金額は並々ならないほどであった。
 その直属の上司である父は、管理責任を問われ投獄。
 今日王宮から呼び出しを受けたのはそれについてのことであった。

「父上は知っていたのか?」
「いえ、知らないと申していたそうです。しかし旦那様は責任感が強いお方でいらっしゃいますので……」
「そうだな……父上らしい」

 アレクは微かに唇を上げる。

「で、これからどうなるんだ?」

 そう問いかけるアレクに、テオフィルは特使から通達されたことを話す。
 家財・領地の一切を没収され、貴族位を剥奪するという。
 伯爵夫妻は打ち首にはならないが、このまま一生投獄生活をすることになる。
 それが適当な処分であるか分からないアレクはテオフィルに聞いてみた。

「少々重い気がしますが、旦那様は他の貴族の方々から多少疎まれていましたので……」
「そうだな……打ち首になる可能性もあったかもしれないか……」
「はい」

 貴族というものに誇りを持っている者からすれば、平民となれ合うことなど言語道断である。
 特にトリステインは他の国と比べても、貴族絶対主義の風潮が大きい。
 そのため平民と比較的仲の良かったサン・テグジュペリ伯は疎まれていた。
 今回のことは宮廷内の権力を狙う者からすれば、疎ましい者がいなくなるチャンスだったのだ。

 そのことを知っているアレクは、納得する。
 もしかすれば即打ち首とされる危険性もあったので、それに比べれば生きているだけましだろうと。
 それで、とアレクは重ねて質問する。

「僕はどうなるんだ? 投獄されるのか? それともどこかの孤児院へ?」
「いえ、旦那様方が陛下に願い出まして、おそらく王宮の方で引き取られることになりそうです」
「王宮で?」

 伯爵は残された息子にはどうか寛大な処置を、と国王へ願った。
 サン・テグジュペリ伯爵家は古い家柄ということもあり、国王の覚えも良かったため、その願いは叶えられた。
 ちょうどこの年に、国王にはアンリエッタという一人の娘が生まれたばかりなのだ。
 伯爵の子はまだ幼いので、娘の遊び相手にはなるだろうと思い、侍従として育てることにするとのことだ。

「そうか、父上には感謝をしなくてはな……」

 そのことを聞いたアレクは自嘲気味に笑う。

「使用人達は……」
「全員暇を出されます」
「そうか……すまないな」
「いえ、旦那様や奥様、坊っちゃまの所為ではございません。誰一人文句を言う者などいないでしょう」
「ありがとう……」

 父は従者に恵まれたな、とアレクは笑う。





 次の日、早速屋敷は引き払われた。
 使用人達にはいくらかの金を与え、全員解雇となる。
 既に何もなくなった屋敷の前で、アレクとテオフィルは向き合っていた。

「それでは坊っちゃま、お元気で」
「もう坊っちゃまではないよ」
「いえ、あなたは私の坊っちゃまです」

 すでに貴族の一員でないアレクに、それでも「坊っちゃま」というテオフィル。
 今までは嫌なものだったが、このときばかりは嬉しかった。

「テオフィルはこの後どうするんだい?」
「家族も既にいないので、田舎で一人暮らします」
「君ならどこでも働けると思うけど……」
「私が仕えるのは、サン・テグジュペリ家だけですので」

 忠誠心の高い立派な男にそう言って貰うのは嬉しい。
 テオフィルは最後まで、サン・テグジュペリ家の執事だった。

「では失礼いたします、坊っちゃま」
「ああ、気をつけて」

 いくらかの荷物を持ち、去っていくテオフィル。
 アレクはその姿が見えなくなるまで見送っていた。

「では行くぞ」
「はい、お願いします」

 テオフィルを見送ったアレクヘ、王宮からの使いが声をかける。
 それに答えアレクは馬車に乗る。
 荷物は見窄らしい服と杖のみ。
 服でさえも家財の一つとして没収された。

「父上と母上には会えますか?」
「彼らは誰とも会えない」
「そうですか……」

 道中使者へ聞いてみたが、やはり会えないらしい。
 父と母は元気だろうか、とアレクは考える。
 生まれ変わったといえど、実の両親であることには変わりなく、アレクやはり心配になる。

(まさか生まれ変わっただけじゃなくて、こんなことになるなんて……)

 内心ため息を吐くアレク。
 馬車の窓から外の様子を見る。
 色々と急激に変化が起こった彼の周りとは違い、窓の外はいつも通りの光景が広がっていた。




















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