第13話 「遭遇」
さらに3時間が過ぎた頃、幾度もの魔物の襲撃に遭い、すでに人員は6人まで減っていた。
三つ星と二つ星だけあり集団の中では突出した強さをみせるアスタスとフリオ。
一つ星ながらも姉弟ならではのコンビネーションと、人狼という種の強さを見せつけるクレアとグレイ。
他のメンバーほど我が強くないためサポート程度に戦闘しているレオンと、こそこそしてまともに闘おうとしなかった悠司。
「オラッ!」
グレイが最後の一匹の魔物をハルバートで斬り殺す。
ハルバートを担ぎ直し彼はぼやく。
「ったくよぉ……いつまで続くんだ、こりゃあ……」
すでに魔物の襲撃は二桁を越え、進むごとにその頻度は増えてきていた。
皆、差はあれど疲労が見える。
まともに戦闘に参加していない悠司でさえも精神的に疲れてきている。
グレイの不満にアスタスは疲れたようなため息を吐きながら答えた。
「さぁな……っと、どうやら終わりが見えてきたようだぞ」
前方を見て若干嬉しそうな声色で言うアスタス。
それに他の5人は視線を前へ向ける。
「どうやらゴールみたいだね」
そこにある物を見て、クレアは笑った。
彼らの前方には高さ3mほどの鉄製のような両開きの扉。
この迷路を進んできて、今まで見なかった物だ。
本当にそこがゴールなのかは分からないが、変化が起こることは彼らにとって歓迎すべきことである。
アスタスはその扉に近づき手を添え調べる。
「ふむ、鍵がかっているようだな。念のため程度に術でロックもしているようだ。まぁ当たり前か」
アスタスがそう言い、どうするか悩んでいると、グレイが近づいてフンッと笑う。
「壊しちまえばいいだろ」
そう言いグレイはハルバートを構え、それを思い切り振り下ろした。
扉へ当たり鈍い音が響く。
しかし多少軋むだけで壊れる様子はない。
何度と繰り返すが、簡単に壊れるようには見えなかった。
「ちっ! 硬ぇな!」
「時間がかかりそうだねぇ」
忌々しそうに扉を見るグレイの様子に、クレアは面倒くさそうに呟いた。
すると後ろでそれを見ていた悠司が声をかける。
「なぁ、おれもやらしてもらっていいか?」
「あんたが?」
悠司の言葉にクレアは意外そうに返した。
「ああ、このまま何もしないのは悪い気がしてね」
さすがに今までまともに戦闘をしなっかたのを気にとめてか、悠司はそう言い扉へ近づく。
その悠司にアスタスは声をかける。
「いや、しかし君は大丈夫なのか?」
「分かんないですけどね、駄目で元々くらいの気持ちで」
気楽そうな悠司の言葉にアスタスは少し考える。
その様子に援護のつもりかアスタスに声をかけるレオン。
「まぁとりあえずやらしてみてくださいや、減るもんでもないでしょうよ」
「そうだがな……じゃあユージ君だったか? やってみるといい」
「どうもです」
許可をもらった悠司は扉の前に立つ。
何も持っていない悠司を不思議に思ったのか、彼に質問するフリオ。
「まさか素手でやるのか?」
「いや、違いますよ。これです」
悠司はそう言うと背中に手を突っ込む。
その手を引き出すと、そこにはどうやっても背中に隠れないだろう、長さ1.5mほどの鉄製であろう棒が握られていた。
「粉砕バットです」
普通の物より二周りはゆうにでかいが、それはたしかにバットだった。
悠司は誇らしげにバットを掲げている。
フリオは呆然としながら悠司へ声をかける。
「それ……どこから出したんだ?」
「背中です」
「いや、無理だろう?」
「男なら背中にバットやフライパン、ボーリングの球などを入れておくことなど、嗜みでしょう?」
その固有名詞が何か分からないフリオだが、当たり前だと言わんばかりの悠司に、何となく黙ってしまう。
周りのメンツも悠司をボケッと見ている。
そんな様子を気にもかけずに悠司は扉の前に立ち、バットを構えた。
体を半身にして、両手にバットを握る。
バットは縦に持ち、後ろへ引き絞るように構える。
体制を整えると、左足を曲げたまま上げ、右足一本で立つ。
それはまさに一本足打法の構えであった。
ピタリとしたその体制から、悠司は前へ向かって体重移動した。
左足で地を力強く踏みしめ、腰のひねりを利用してバットを平行に速く振る。
空気の切り裂く音がした次の瞬間、轟音が響き扉の真ん中当たりが吹き飛んだ。
それに全員驚愕の表情を浮かべる。
悠司はバットを振り切った体制で止まっていた。
どこからか「だーじょうぶ、まーかせて!」という声が聞こえた気がする。
「それは何か特殊な道具なのか?」
悠司を呆然と見ていたフリオは、おそるおそる話しかける。
「いえ、町の鍛冶職人に拵えてもらった物ですが、特別な効果が付いているわけではないですよ」
「じゃあこれは君の力なのか……」
戦くように悠司を見るフリオ。
そこへアスタスが悠司へ話しかける。
「このような力を持っていて何故闘おうとしなかったのかね?」
多少責めるような響きをもった言葉に、悠司はばつの悪そうな顔をする。
レオンはそれをフォローするように口を挟む。
「ユージは何というか優しい奴なんで、魔物でもできるだけ殺したくないみたいで」
しどろもどろにそう言うレオンの言葉を信じたのか、アスタスは悠司をちらりと見ると扉へ視線を移した。
悠司はそれに安心し、レオンに向かい礼を言うように片手を挙げる。
「では入ろうか」
空いた穴から、中へ入るアスタス。
フリオは一度悠司を見てから、それに続く。
「すごいじゃないか、ユージ」
「ちっ!」
クレアは悠司を誉め、肩を叩いてから入っていく。
グレイは面白くなさそうに舌打ちをして姉に続いた。
「じゃあオレらも行くか」
「ああ」
レオンは悠司に声をかけてから入り、悠司はバットを背中に仕舞ってから入った。
扉の中は暗闇だったため、アスタスが点けた灯りを頼りに進む。
少し進むと、突如部屋の明かりが灯る。
それに驚く間もなく、一同は周りの光景に絶句した。
「これは……」
「魔物が……」
端が見えないほど広い空間。
そこには大小様々なシリンダーが立ち並んでいた。
シリンダーは緑の液体に満たされ、中には種々の魔物が浮かぶ。
ビホルダー、ミノタウロス、オーク、ゾンビなど、種類を問わず50体ほどの魔物が存在している。
部屋の奥には一段上がった場所があり、そこを囲むように2mほどの柱が並んでいる。
「おそらく……遺跡なのだろうな……」
部屋を見渡しながらそう呟くアスタス。
他の面々も興味深そうに、或いは変な物を見るように、部屋やシリンダーの中の魔物を覗いている。
悠司はシリンダーを見て、「どこかで見たような……」と思い頭を悩ませている。
するとどこからか一つの足音が聞こえた。
それは少しずつこちらへ近づいてくる。
6人が警戒するようにじっと待っていると、奥の暗がりから人影が見えた。
それは一人の老人であった。
手には杖を持ち、その年にしてはしっかりとした足取りをしてこちらへ寄ってきた。
白髪を背中ほどまで伸ばし、口髭を生やしている。
その老人が一同を見据え口を開く。
「ふん、貴様らが侵入者か」
不愉快そうに老人は言う。
アスタスはその老人を問いつめる。
「ここ最近起こっている魔物の襲撃事件の犯人はあなたか?」
「犯人、犯人な。まぁ外に魔物を解き放っておるのが誰かという問いならば、この儂がそうじゃ」
「お前は何者だ? ここは何なのだ? どうやってやった? 何故あのようなことを?」
重ねて問いかけるアスタスに、老人は微かに笑いながら返す。
「貴様らに教える義理はないが……まぁ良かろう。私はラグ、錬金術師だ。ここはヤッキマ王国の実験場だった場所だ、どうやら古代の遺跡らしい。方法と目的・理由は教えん。これで満足か?」
ラグという名前らしい老人の口から出た言葉に全員が驚く。
おそらくとは考えていたが、まさか本当に遺跡であり、しかもヤッキマ王国の実験場だとは思っていなかった。
しかし目的等を話さないという言葉には納得できず、アスタスは再度問いつめる。
「満足するわけなかろう、さぁ言え」
にらみながら言うアスタスに、ラグは面倒そうにため息を吐く。
「教えたところで貴様らのような低脳どもに理解できるとは思えん。さっさと出ていけ、儂の邪魔をするな」
心底鬱陶しそうに言うラグ。
その言葉に人狼姉弟とレオンはカッとなり一歩足を踏み出す。
アスタスはそれを制し、自らが前へ出る。
「理解できるかどうかは聞いてから判断する。言わないと言うのなら力ずくで聞き出すまでだ」
そう言うと、脅すように手に赤い光りを灯らせるアスタス。
他の面々も武器を構える。
ラグはそれを見て不愉快そうに顔をしかめた。
「脅しのつもりか。ふん、ならば強制的に排除するのみよ」
そう言いラグは懐からリモコンらしきものを取り出す。
そのような物を見たことがない面々は、それが何かの術具だと思い、ラグ自信を警戒して武器を向ける。
しかし悠司はそれが何かを操作する物だと知っているため、嫌な予感がして周りを見た。
ラグはリモコンに付いているボタンの一つを押す。
すると周りのシリンダーから液体が噴き出した。
それに驚き、周りを見渡す悠司以外の面々。
悠司は嫌な予感が当たったと理解して「やっぱり……」と頭を押さえた。
液体が抜けきるとシリンダーは下がり、中の魔物が顕わになる。
完全にその姿が出ると、今まで生きていなかったような魔物が動き出し、のっそりと外へ出てきた。
50もの数、それも高位のものを含んだ魔物に囲まれた一同は、顔を青ざめさせる。
「殺せ」
ラグは無感動に魔物に対し命令を下す。
それを受け、50の魔物は6人へ向かって襲いかかった。
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